露天風呂で混浴

 伊吹が湯舟に浸かってのんびりとしていると、露天風呂の扉が開く音が聞こえた。

 今この旅館にいるのは、摩耶の関係者か伊吹の関係者のみ。侍女が様子を見に来たか、警備の都合だろうと思い、特に気にせず空を見上げている伊吹へと声が掛かる。


「伊吹様、ご一緒してもよろしいでしょうか……?」


「おっと、摩耶だったか。もちろん大丈夫だよ」


 伊吹はあえて振り返らず摩耶へと答える。


「部屋のお風呂場で髪と身体は洗っておりますので……」


 摩耶はそう言いつつ、桶を使って掛け湯をして、伊吹から少し離れた場所へそっと腰を下ろした。髪の毛はタオルでまとめられている。

 部屋でシャワーを浴び、早々に伊吹を出迎える支度をしようとした摩耶だったが、智紗世ちさよから今日の予定について伊吹と摩耶のお付きの間で事務的な話し合いを必要があるので、両殿下はお風呂に浸かって親交を温めて下さいと促されたのだ。

 智紗世の言葉に乗り、摩耶の侍女がさぁさぁと摩耶を大浴場へと追いやった為、摩耶は混乱しつつも伊吹がいる露天風呂へとやって来たのだ。

 ちなみに、この旅館には男性専用の浴室はなく、予約があった段階で対応する事になっている。


「昨日はバタバタしており、ちゃんとお礼も出来ずじまいで……」


「いや、礼も謝罪もなしにしよう。詳しく話すと長くなるんだけど、元を辿ると僕を困らせる為に動いている勢力のせいだと思うんだ。

 だから、アルティアンとしてはそれに巻き込まれた形になるかも知れない。こちらが迷惑を掛けた可能性もある」


「……いえ、例えそうなのだとしても、アルティアンに付け入る隙があったという事。そして、その隙があったのは私達王家の責任です。

 改めて……、ご助力頂きましてありがとうございました」


 摩耶は少し考えた末に、謝罪はせずに礼だけを述べる事とした。伊吹はその態度に好感を覚え、笑みを浮かべた。


「昨夜、王太女である姉に『思っている事がすぐに顔に出るのだから、自分の気持ちに素直になれ』と言われてしまいまして。

 伊吹様に空港までお出迎え頂いた際、素っ気ない態度を見せてしまいました。本当は嬉しくて嬉しくて、踊り出しそうだったのに、それを隠す為に背中を向けてしまったのです」


 伊吹は黙ったまま、摩耶の声に耳を傾けている。


「私を王太女に推す国内の勢力に対して、私はそんな事を望んでいないとはっきり言えれば良かったのです。

 私の望みは王太女として立派に務めている姉を支える事だとはっきり口にしておれば……」


 つらつらと語りつつ、摩耶は伊吹の表情を窺う。微笑を浮かべ、小さく頷いているが、こちらを見ようとしない事に対して、摩耶は不安を感じた。


「あの、やはり……、私やアルティアンに対して思うところがおありですか?」


「いや? 何も怒ってないよ」


「ですが、先ほどから一度も私を見て下さらないので……」


 伊吹は摩耶が露天風呂に来て以来、ずっと空を見上げたままだ。


「えっと、知り合って間もない女性の裸を見るのは失礼かと思って」


 自らの周りにいる女性の裸を見るには慣れている伊吹だが、まだ夜を共にしていない女性の裸を見る機会はそうそうない。

 これからするぞ、となると遠慮なく見る伊吹だが、今からおっぱじめる訳ではないので、目のやり場に困っていたのだ。


「……伊吹様は不思議なお方ですね」


 一般的に、裸を見ないように気を遣うのは女性の方になる。男性の裸、特に下半身には目をやらないようにするのが礼儀とされており、ちょっとした事で男性は不能になる可能性がある繊細な生き物だとされている。

 智紗世が問題ないと言い切った為、摩耶の侍女達も摩耶をこの露天風呂へと送り出したのだが、本来であれば情を交わしていない男女が混浴をするなど、あり得ない光景なのである。


「もしお嫌なら、仰って下さい」


 そう言って立ち上がり、摩耶は伊吹の前へと歩み寄る。生まれたままの姿を伊吹の前にさらけ出し、伊吹を見つめる摩耶。


「私はアルティアン王国の第二王女として、大事な務めを任じられております」


 自らの身体に伊吹の視線が這っているのを感じながら、摩耶はなお全てを隠さずに言葉を続ける。


「もしお嫌でなければ、私にその大事な務めを果たせる機会を頂きたく存じます」


 摩耶は裸のまま、伊吹に対して頭を下げる。そして目線の先にお湯の中で存在感を主張している伊吹の股間を目撃し、温泉で温められてほんのりと赤みがかっていた摩耶の柔肌が、全身真っ赤に染まっていく。


「あーっと、どこでする? 初めてが外っていうのは風情があるようなないような……」


 伊吹が気まずそうに股間を両手で隠す。摩耶は伊吹の両手で隠されてしまった股間を凝視したまま、ぶつぶつと独り言を零す。


「私の裸に反応された? いや入るの? 今ここで? 時間を置いてしまったらもう出来なくなるのでは? 気が変わられるかも知れないし、いやでもさすがに……」


 取り乱している摩耶を眺めているうちに、伊吹の気まずい思いは小さくなり、自分が摩耶を優しく導かなければならないという気持ちが沸いて来た。

 それと共に、伊吹の股間は大人しくなっていった。


「あっ……」


 伊吹の股間が大人しくなった事で、特大の機会を失ってしまったと勘違いした摩耶が絶望したような表情を見せる。


「摩耶、君が思い描いていた初めてってどんな光景? ベッドの上なのか、畳の上なのか、自分から誘いたいのか、されるがままが良いのか。

 僕に出来る限り、君の望みを叶えるよ」


 伊吹の言葉を聞き、そして理解して、摩耶は伊吹に抱き着いたのだった。

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