不採用の女達
「殿下は、副社長は、私達に崇めよと仰いましたか? 全宇宙の唯一神である伊吹様を崇めた伊吹教を布教せよと仰いましたか?
私はそんな事を言われておりませんし、感じてもおりません。副社長はただ、私達
その娯楽を、楽しみを、生きる意味であると感じるのは人それぞれ。しかし、それを他人に押し付けるのは、強要するのは、間違いだと思います。
街中で安藤子猫にビニール傘を配るのは良い。ですが、それをしなければならないという雰囲気を作るのはやり過ぎです。
そして、自分こそが伊吹様のお役に立てていると感じるのはただの傲慢な自己満足に過ぎません」
「何て事を仰るのですか!?」
この研修施設を個人名義で借りている資産家令嬢が
「伊吹様をお慕いする気持ちを否定するのですか!?」
「いえ、決して否定などしておりません。伊吹様を想う気持ちは人それぞれ。
ですが、あくまで個人で留めるべきであり、同じ想いを持つ仲間内の中に留めるべきであると言っているのです。
伊吹教という枠組みを外部の人間が見た時、私と貴女、そして
私がいくら安藤子猫として楽しんでいようと、貴女がいくら敬虔な伊吹教信者であろうと、瑠奈さんを見れば伊吹教一纏めにして全員狂っていると思われるのではありませんか?」
「だからこそ瑠奈さんを伊吹教から破門したのではないですか! それなのに貴女が招き入れて、一体どういうおつもりなのですか!?」
それまで清華は無表情で、淡々と語り掛けていたが、憤る資産家令嬢に対し、初めて憂いを帯びた表情を見せた。
「……初めて告白しますが、私も
この場にも採用試験の申し込みをした人がいるのではないでしょうか?
私は二次試験で不採用と判断されましたが、瑠奈さんは最終試験を通り、採用されています。
順番は前後するのですが、大司教と呼ばれるほど伊吹教内で影響力を示している私よりも、副社長は瑠奈さんを選んだ。
これを、伊吹教的解釈ではどうご説明されますか?」
資産家令嬢は何も言い返せず、清華を睨んでいる。この資産家令嬢も採用試験へ申し込み、書類審査で不採用にされている事を、VividColorsから情報提供を受けている清華は知っている。
「でも、
資産家令嬢の近くにいた女性が叫ぶ。彼女も不採用になっているうちの一人だ。
「そうです。そうなんです。
伊吹様は何故、瑠奈さんを採用されたのでしょうか? 自分の影武者が襲われると何故、事前に分からなかったのでしょうか?
伊吹様が神なのであれば、瑠奈さんを採用されなかったのではないでしょうか?」
「神に楯突くなんて普通は恐れ多くて考えないものよ!!」
「何故楯突くと見抜けなかったのでしょうか?」
「それは……、採用された事にはきっと別の意味があるのだわ!!」
「そうよ、そうに違いないわ!」
「そうかしら……」
「どんな意味があると言うの?」
「神のお考えは私達に分かるものではないのよ!」
ホール内の女性達が自分の考えを口にする様子を、清華はホール内を見回し、静かに見守った。
そして、おもむろに口を開く。
「今の貴女方と、先ほどの瑠奈さん。一体何が違うと言うのですか?」
ホール内に一瞬の静寂が訪れた後、罵声と笑い声が入り混じった音で満たされた。
「私をあんな
「確かにそう言われればそうですねぇ」
「馬鹿にするのもいい加減にしなさいよ!!」
「怒るって事は図星だって事だよねぇ」
「堕ちた大司教、
「堕ちた大司教って何のお話?」
「そもそも、この大日本皇国において、皇族を神とする宗教が活動するにあたり、何故キリスト教のような一神教的な考え方になったのでしょうか?
伊吹様を神と崇める事自体は何の疑問もありません。しかし、伊吹様を唯一神とするという考え方には疑問があります。
伊吹様のお父上である皇太子殿下もまた、神ではないのですか? お母上は? 今上陛下は? 皇后陛下は?
何故伊吹様をお慕いする者達が集まる集会所を教会と呼ぶのですか? その集まりの代表者が大司教とはどういう事なのでしょうか?」
清華は再びホール内を見回す。
清華へと罵声を浴びせていた者達は清華の言葉を受け、黙って考え込んでいる。
「私達はこの集まりが大きくなればなるほど、自分自身が偉くなったような、力を得たかのような、そんな錯覚をしていたのかも知れません。
伊吹様をお慕いする気持ちに理由など不要ですし、意味などありはしません。ただ、お慕いするだけで良い。
そうは思いませんか?」
ずっと清華を睨んでいた資産家令嬢が、伏し目になり恥ずかしそうな表情を浮かべている。そして、その隣の老齢な女性は清華の事を憎々し気に睨み付けている。
清華はVividColorsより、伊吹教内部にいる扇動者の炙り出しはするなと指示を受けているので、伊吹教のあり方についての言及はこれで終わりとなる。
「さて、皆様に私の考えを聞いて頂いた上で、もう一度登場して頂きたいと思います。
瑠奈さん、お願いします」
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