決別
ライルはジニーとキャリーがノートパソコンで何の作業をしているのか理解していたはずだ。
しかし、その事で何が起こるのか、想像出来なかった。
友好的な関係を築こうと言う前に、形だけの謝罪ではなく誠意ある謝罪を述べ、非公開にしようとしている作業を止めるべきだった。
ライルの執事も侍女も、その事をライルへ助言しなかった。あくまで彼女達はサンダース家中の執事と侍女、という事だろう。
つまり、ライルはたった一人で
例え普段から
アメリカを出国するよりも前にVividColorsとの友好関係を築けなかった時点で、ライルの敗北は決まっていたのだ。
「あの、ゲスト用の回線をお借りしてもよろしいでしょうか?」
伊吹の問い掛けから一言も発さないライルに痺れを切らしたのか、ライルの執事が伊吹へそう頼んで来た。
「
「はい、ご主人様」
智枝がライルの執事へゲスト用回線のSSIDが記載されたメモを手渡す。WiFiを繋いだだけでは電話用の回線まで繋がらないのだが、伊吹達がそこまで気を遣ってやる必要はない。
ライルの執事は手早くスマートフォンを操作し、WiFiに繋がった瞬間に来た着信にそのまま出る。これは何ならかのアプリを介したパケット通話だ。小声でやり取りをしながら、どんどん表情を暗くしていく執事。
スマートフォンを耳に当てたまま、執事はライルへ通話内容を伝える。
「VividColorsの公式
全世界からGoolGoal本社へ事実確認と非難の電話が殺到して対応に追われていると怒っているようですね」
メアリーの通訳により自分達の状況が全て筒抜けになっているが、そんな事はどうでも良いぐらいに追い込まれているライル達。
執事からスマートフォンを渡されるが、ライルは自分の耳に当てる事もしない。どうすればこの状況を脱せるのか分からないからだ。
今までは全て妻や部下達がお膳立てして来て、ライルはその結果を享受するのみだった。ライルの権限を使って、女性達が金や人を回していたに過ぎない。
今のライルの状況を端的に表すならば、裸に剥かれた王様だ。
「さて、そろそろお引き取り願おうか。こう見えてなかなか忙しい立場でね。
これから『なぎなみ動画』で緊急生配信を行わなければならないんだ。YourTunesから「月明かりの使者」の楽曲を非公開にした経緯について正式に発表しないとならないのでね」
「待って下さい!」
ライルの執事がライルへ通訳する前に、伊吹へ懇願した。そして早口で伊吹の話した内容をライルへ通訳する。
腕組みをして膝を揺すり、何かを思いついたようなライルが伊吹へ話し掛ける。
しかし、メアリーはその内容を伊吹へ通訳しない。
通訳しないメアリーに代わり、ライルの執事が渋々口を開く。
「先ほどお茶を運んだ侍女と、ライル様がお連れした侍女を交換しませんかと提案しております。アメリカ社交界ではお気に入りの侍女を交換して、……楽しむという余興があります。無礼な行いをしたあの侍女を……」
「帰れ、二度と顔を見せるな」
伊吹が立ち上がり、応接室を出ようとするが、ライルも立ち上がって手で待ってくれと訴える。
「何を怒っている、侍女を交換するだけだ、こちらの侍女には私は手を出していない、そちらの侍女がお気に入りなのであれば別の侍女でいい、どうせこちらは手を出さない、と話しています」
「さっきの侍女は妻の母親だ。そうでなくともお前のような男にうちの家族を差し出すような事はしない。お前とは分かり合える事はないと確信した。これ以上何を話しても無意味だ。さっさと出て行け」
「いいのか、AlphadealはYourTunesだけじゃない、日本から検索事業を撤退させても良いんだがと言っています」
「だからやれって。どうぞ、お好きなように」
伊吹がライルへしっしっと手を払う仕草をする。
「どうすれば良いか聞いていますが……」
先ほどのサラのように、怒りで顔を歪ませているライル。こんなのが世界有数の大富豪かとがっかりするが、伊吹は努めて冷静に要求を突きつける。
「今すぐに『なぎなみ動画』への攻撃を止めさせろ。振込遅延事件に関してAlphadealから正式にGoolGoal代表取締役社長の指示で故意に支払いをずらしたと認め、VividColorsへ謝罪する生配信をしろ」
「それをすればAlphadealの株価は戻るのか、と聞いています」
伊吹はため息を吐き、両手を広げて首を振る。
「俺が知る訳ないだろう。世界中の投資家が判断する事だ。
そもそもお前が謝るのは株価の為であり、誠意ある謝罪があるとは思えないな。
さぁ、早く帰って株価対策でもしたらどうだ」
伊吹のライルをバカにした表情を見て、ライルはとうとう激高した。叫び、罵り、そして執事と侍女に何かを言いつけて、応接室を出て行った。
「きゃっ!?」
伊吹は小さな叫び声を聞いて、廊下へ駆けつける。そこにはお腹を押さえてうずくまっている
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