対面

 皇宮内に勤める侍女が、伊吹いぶきに一礼して、式場の外へと歩き出す。伊吹は何も言わず、それに続く。

 式場を出て、左へ曲がる。いくつかの部屋を通り過ぎ、さらに左へと曲がると、木で出来た大きな開き扉があった。

 待機していた侍女達が伊吹へ頭を下げ、扉を押し開ける。さらに廊下が続き、奥の部屋の前で、誘導していた侍女が襖に手を掛け、伊吹の方へ向き直り、頭を下げてから襖を開けた。


 そこは二十畳ほどの広間になっており、奥には御簾が掛けられている。式場が見えるような作りだ。

 御簾の前に、純白の斎服さいふく束帯そくたいは赤くて黄を帯びた色、色烏帽子を被った、伊吹とほぼ同じ格好をした男性が立っていた。


 唯一違うのは、その顔には黒く塗られたおたふくのお面が付けている事。


 伊吹がお面を見つめながら部屋へ入ると、ゆっくりと襖が閉められた。この広間にいるのは伊吹と、黒いおたふくのお面を付けた男性の二人きり。


 何と言おうか、伊吹は言葉が出て来ない。


 母親の事。

 自分が生まれたのは知っていたのか。

 どういう想いで外の暮らしを許したのか。

 DVDの礼。

 自分がYourTunesユアチューンズで活動している事をどう思っているのか。


 喉まで出かかっては引っ込んでいく、様々な想い。

 父親への想いが溢れ、伊吹の目に涙がたまっていく。


「ぁーぃ、んんっ!」


「……?」


 お面の下で、男性が何か呟きかけて、咳払いをした。伊吹は首を傾げて様子を見ている。何を言おうとしているのか。




「あーーいあむゆわふぁーーざーーー」


「っ!? ノー、ノーーー!!」


 伊吹は思った。だから黒いおたふくのお面なのか、と。



「はっはっはっ! しかし伝わって良かった。スベったらどうしようかと思ったぞ」


「いや、初っ端からぶち込んで来んなよ。せめて手に赤い扇子持つとかもうちょっと分かりやすくしといてもらわないと」


 伊吹は父、伊織いおりと御神酒を飲み交わす。三献の儀で口にしたのが久しぶりの、いや今世では初めての飲酒である。伊織に渡された盃をグイっと飲み干したのもあり、気分が高揚してすっかり伊織と打ち解けている。

 元々伊織自身が息子である伊吹に堅苦しく接されるのを嫌がったので、先ほどの映画のワンシーンを模した再会を演出したのだ。


「あまり時間がないが、これだけは伝えておく。俺は咲弥さくやを愛していた。本当は正妃にしたかったが、咲弥にはその資格がなくてな。

 で、お前がお腹に出来てしばらくして、男だって分かった。俺と咲弥は迷った。お腹の子が男である事を理由に、妃としての順位を繰り上げるよう手配するか、それとも外で普通の暮らしをさせるか」


 伊織と咲弥は小さい頃から共に育った。咲弥の母親である心乃春このはが伊織の執事の一人だったからだ。

 伊織は咲弥にだけ、自分が転生者である事と前世の記憶を持っている事を打ち明けた。幼かった咲弥は伊織の話す前世世界に夢中になって聞いた。そして、伊織が前世での生活を話す表情が、寂し気である事に気付いていた。


「咲弥にお腹の子を皇宮の外で育ててくれと頼んだ。咲弥は例え俺が反対したとしても、そうするつもりだったと言ってくれた。良い女だったよ、本当に。

 診察をした侍医と心乃春達に頼み込み、咲弥のお腹の子は女の子であるという事にした。咲弥の体調が悪いという事で、療養目的として田舎の山奥へ移した」


 そのタイミングで、伊織と別の女性との間の子が男の子であると判明し、咲弥の件を有耶無耶にする事が出来たのだ。


「お母様を愛していながらよく他の女を抱けたな」


「お前も結婚式の前夜に十人気絶させたろ? しかも全員処女。

 これが若さか……、ってな!」


「「はっはっはっはっはっ!!」」


 二人が言い合うが、その表情は楽し気だ。全く同じ状況下に置かれた男と話すのは、二人とも初めてなのだ。

 男女比一対一の世界から転生した男同士という事が優先され、親子であるという認識が薄れている。共に暮らしてこなかったというのも大きな原因の一つである。


「で、親父殿。大事な話がある」


「咲弥はお母様で俺は親父殿か? お父様と呼べ、お父様と」


「では、お父様。俺の兄上は今どういうお立場で?」


 伊吹にとって今一番聞きたい事。自分は将来的に、やんごとなき立場に祀り上げられてしまうのだろうかという事が気になって仕方がない。

 今上きんじょう皇王こうおう陛下の御年は六十歳。これはこの国に住むものなら大抵の人間が知っている基礎知識だ。

 そして伊吹の目の前に座っている父親、伊織は皇太子であると先ほど聞かされた。

 今上陛下がご健在であるとはいえ、いずれは天へと御戻りになる。その際、皇太子である伊織が皇王の位を受け継ぐ。


 では、その時の立太子となるのは? 自分の兄が継ぐのか、それとも。


「息子よ、お前に兄はいない」


「……え?」


「双子の妹もいない」


「いや、それは良く知ってるけど……」


 先ほど同時期に男の子がどうのこうの、という話を聞いた後なので、伊吹はさらに問いただそうとすると、部屋の外から声が掛かり、襖が開けられた。


「殿下方、失礼致します」


「……おばあ様!?」


 そこには、廊下で三つ指を突いている侍女の姿があった。



★★★ ★★★ ★★★



ここまでお読み頂きありがとうございます。

133話にしてようやくこのシーンに辿り着きました。

今後ともよろしくお願いします。

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