宮坂翠

「旦那様、今しばしよろしいでしょうか?」


 昼食を終えオフィスでまったりしている伊吹に、みどりが声を掛ける。


「回転寿司のレーンが流れる早さなのですが、実際に装置を作り流してみたところ、秒速一メートルでは早過ぎるのではという声が上がっておりまして……」


 翠は伊吹がつらつらと語った色々な知識の中で、飲食関係の事業について宮坂家みやさかけへと情報提供をする担当秘書だ。

 ちなみに伊吹が何となく覚えていた秒速一メートルというのは人が歩く早さであり、回転寿司のレーンの流れにしては早過ぎる。


「もう実験段階まで行ったんだ、すごいね。

 お皿に乗った寿司ネタの鮮度とかが確認出来る程度の早さなら問題ないと思うよ」


 実際の早さは秒速四センチメートルがちょうど良いとされている。


「ではそのように進めさせて頂きます。その他、回転寿司で思い出される事はございませんか?」


 翠は伊吹が前世の記憶を持っている事に対して一切疑っていない。伊吹としてもこのようにはっきりと聞いてくれた方が伝えやすいと感じている。


「そうだなぁ。食べた後のお皿の数を数えてお代を請求するんだけど、お皿をテーブルの上に置いておくと邪魔になるし、食べている時に服に醤油が付いたりするんだよね。

 だから食べ終わった皿は回転寿司のレーンが流れている下に下膳用のレーンが隠されてて、そこに落とし込むようにしてあったね。お皿を穴に入れる度に機械が枚数を数えていて、お会計のボタンを押すと支払い額がすぐに表示されるようになってるんだ」」


「なるほど、そうしておけば店員が一枚ずつ数える手間も省けますね」


「そうそう。あとね、お寿司の皿の上に透明なプラスチックカバーがされてて、お皿を取る時に簡単に外れるようになってたね」


「それはホコリや飛沫が付きにくいようにという事でしょうか?」


「その通り。回転寿司は子供に人気だったから、子供が笑ったり喋ったりしてツバが飛んでも、寿司に付かないようにする為でもあるよ」


「子供に喋らせないのではなく、喋っても大丈夫なように店側が対応したと言う事ですか」


 翠がメモ帳へと書き記していく。


「寿司以外の食べ物だとうどんやラーメン、茶碗蒸しと赤だしなんかがあったね。これはレーンを流れてるんじゃなくて、注文が入ってから作って届けるんだ。

 注文は各テーブルに備えつけのタブレットに入力して、うどんが出来たら店員が持っていくか、もしくは寿司のレーンの上にある注文用レーンで流すんだ」


 そこまで言って、伊吹が重要な事を思い出す。


「翠、今まで僕が述べてきた店を想像して、店の社員が何人必要か分かる?」


「えっと……、アルバイトを含めてですか?」


「いや、アルバイトはもちろん雇う必要があるけど、社員だけで考えて」


 前回と今回の話を総合して、翠は考える。一店舗につきテーブル席が百人でカウンター席が十五人。寿司を流す人間と鮮度が落ちていないか確認する人間、そして会計をする人間。


「少なく見積もったとしても営業中に六人は必要かと思います」


「ちなみに前世の世界だと回転寿司チェーンは年中無休、営業時間は朝の十時から深夜零時まで。一皿百円から食べられる、部活終わりの学生に人気の食事処だったよ」


 伊吹の話を何でも信じるつもりでいる翠であるが、さすがにこの話は鵜呑みに出来なかった。


「そんなの無理ですよ! 寿司を握る板前の給料が払えるとは思えません」


「そう、そこなんだ。一番最初に説明するべきだったね。寿司は板前が握るんじゃない、バイトがシャリの上に乗っけるだけなんだ。ネタを包丁で切るのもバイト。会計もバイト。

 基本的に社員は営業時間中に一人だけ。一店舗につき大体社員は二人から三人しかいない」


「……あり得ません」


 街の寿司屋と回転寿司の決定的な違いは、板前が握るかどうかだ。

 寿司はとても繊細な食べ物で、一人前の板前になるのに十年かかるとも言われている。しかし、回転寿司チェーンの寿司はシャリを作るロボットがあり、ガシャコンガシャコンとシャリ状に固められた酢飯をバイトが取って、その上にポンとネタを置くだけだ。何の修行も必要ない。


「もちろんロボットではなく板前さんが握ったお寿司をレーンで流すというのもありだ。あくまで前世の世界ではそうだったって話ね。

 あと、品質管理の話なんだけど、お皿にICチップを入れておいて、センサーでその皿がどれだけの時間レーン上を回っていたか計れるんだ。一定時間お客さんに取られなかった皿は、自動でレーンからはじかれて廃棄に回されるようになってるんだって」


 聞けば聞くほど、自分が知っている寿司屋とはかけ離れたイメージになっていく翠。伊吹自身も話している間に、寿司という江戸時代からある日本文化がとんでもない進化を果たしている事に改めて気付かされる。


「そんな事業を始めたら、宮坂家が板前さんから批難される恐れもあるからね。慎重に進めないとダメかも」


 翠は伊吹が血も涙も通っていない殺伐とした世界で生きていたんだろうなと想像し、涙を浮かべる。

 私がお支えして、三ノ宮の家を温かい人間味のある家庭にしようと心に決める翠であった。



★★★ ★★★ ★★★



あくまで回転寿司チェーンがない世界の人が聞いたらこんな印象を持つんじゃないかなってお話です。

作者は回転寿司チェーンでバイト経験があり、今も時々食べに行きます。

決してネガティブキャンペーンがしたい訳ではないのでご了承下さいませ。

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