子会社の社長

「これを渡しておくよ」


 藍子あいこ燈子とうこが戻って来るまで、引き続きYourTunesユアチューンズで情報収集をしていた伊吹いぶきへ、福乃ふくのからカードキーらしき物が差し出される。伊吹が受け取る前に橘香きっかによって受け取られた。


「このビルに入る為のカードキーだよ。

 玄関には駅の改札みたいな出入り口を設置して、防犯カメラも取り付けた。警備員も立ってるから不審者が入る事は出来ないよ」


「いつの間に……」


「こういうのは早い方がいいのさ。代金は身内価格にしとくよ」


「あ、ママさん。じゃなくて福乃さん。早ければ明日くらいに、このビルに外部から四人招く事になると思います。お手数を掛けますが……」


「はいよ、詳しくは藍子から聞いとく」


 ヒラヒラと手を振って、オフィスを出て行く福乃。喫茶店のママさんであり、宮坂家みやさかけで一定の立場にある女性。


 宮坂家は近代になって財を成した家であり、銀行や警備会社や不動産会社など数多くの傘下企業を抱える財閥である。そんな上流階級に位置する家系が自分の家の分家にあたると聞いたのは今朝の事だ。

 自分の実家である三ノ宮家さんのみやけとは何なのか。五歳の頃に亡くなった咲弥さくやはもちろん、先日亡くなった心乃春このはからも詳しくは聞いていない。

 美子よしこ京香きょうかはある程度知っているだろうから、近い内に話を聞く必要があるなと伊吹は思った。



 藍子と燈子が戻り、遅めの昼食を摂った後、ゲーム制作会社の社長である河本こうもとより連絡があった。会社を離れた四人から、自分達の株については全て会社に残っている四人に譲渡するとの返事があったそうだ。


「早速明日からこのビルで仕事をしてもらうとして、Vtunerブイチューナーのアバター一人分の製作にどれくらい時間が掛かるか聞いて下さい」


 藍子が確認したところ、イラストを見ないとはっきり言えないが、何とか五日で仕上げてみせると回答があった。

 給料以上に働かせる気はないが、今の伊吹にとってはありがたい。少しでも早くVtunerとしてデビューし、藍子と燈子を喜ばせたい。そしてあの舐めた元一期生を地獄へ突き落としたい。


「資本金が八百万円でも、今の評価額で考えるともっと低いですよね。八人中四人が権利を放棄したから、どんなに多く見積もっても四百万円くらいかな。

 そこら辺は先方の会社の帳簿を開示してもらって、税理士に株価算定してもらわないとダメなのかな?」


 スマートフォンで検索して、伊吹が大体の流れを確認する。


「馴染みの税理士がいるので依頼しておきます。買収となると、社長を決めないとダメですね」


 企業を買収する際、買収する会社の株主から株式の譲渡を受ける。簡単に言うとお金かそれに代わるものを渡して株式を受け取るのだ。

 株主は会社の取締役を任命し、その代表者が社長となる。元々の株主が株式を手放した際、大抵の場合社長は解任される。新しい株主が自分で新しい取締役を任命するからだ。

 小さな企業であれば、ほぼ社長がその会社の株を持っているので、株を手放した社長がそのまま社長で居続けるのは考えにくい。会社で一番立場が強いのは社長ではなく株主である。


VividヴィヴィッドColorsカラーズの子会社の社長か。藍子さんで問題ないですよね?」


「いいんですか?」


「当分報酬はゼロでしょうけどね」


 総資産数百万円の会社の社長で、今のところ収益予定は立っていない。親会社の仕事を受けるだけの小さな会社だ。

 子会社化させるのは、VividColorsの要望に対して利益を考える事なく仕事をしてもらう為である。そして、伊吹は口には出さないが、不要になれば簡単に切り捨てる事が可能であるとも考えている。VividColorsで直接雇用してしまうと、簡単には解雇する事が出来ない。


「あ、それと河本さん達四人と秘密保持契約を交わさないとダメですね。買収完了より先に仕事を始めてもらうでしょうし。

 動画投稿より先に男性Vtunerがデビューするって話が漏れると面白くないので」


「よくそんなすらすらとすべき事が出てくるわね。ホントに十八歳? 人生何回目?」


 燈子は心底不思議そうな表情で伊吹を見つめ、藍子は忘れないようメモ帳へ書き込んでいる。


「弁護士さんと税理士さんの都合が付くまでに、質問の動画を撮影してしまいましょうか」


 アバターの目処は付いた。次は男性への100の質問を撮影し、簡単に編集をしてからチャンネルを開設し、編集済みの動画を投稿して。やっと第一歩を出す事になる。

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