進化
総武線の幕張本郷駅と京葉線の海浜幕張駅を結ぶ一般道は、幕張西第三公園前の交差点を越えると大きく左にカーブしている。
その辺りで乗用車が屋根を地面につけた形で横転して炎上している。
サイレンを鳴らしながらパトカーが近づいて停車した。二人の制服の警察官が降りて来る。
一人は炎の熱を遮るように顔の前に手をあげて乗用車に数歩近づいた。もう一人は無線に向かって状況報告をしている。
突然、乗用車のドアが外に向かって吹き飛んだ。
二人の警察官の動きが止まる。
「ロロロ……」
獣が喉を鳴らすような音。
燃え盛る乗用車の中から体長が二メートル近い異形が這い出て来た。
二人の警察官は唖然としている。
異形はむき出しの内臓を思わせる朱色の肌が、炎に照らされて濡れたような光沢を放っている。
背中のあたりが異様に発達した筋肉であるかのように盛り上がっている。足は膝が曲がって前に突き出ている。前後に長く後頭部が膨らんだ頭部。そこから触手のような器官が十数本背中に垂れ下がっている。
『残業獣』――。
警察官たちの視界から『残業獣』が消えたと思ったら、前に出ていた警察官に襲いかかっていた。声を上げる間もなく、警察官の喉を『残業獣』が食いちぎっていた。
ぞぶり――。
がつん――。
ぞぶり――。
『残業獣』が人を食っている。
目の前で同僚を化物に食われているもう一人の警察官は悲鳴にならない声をあげて、腰の拳銃を抜いた。『残業獣』に拳銃を向ける。乾いた発砲音が二発響いた。
銃弾は『残業獣』の体のどこかに命中したが、『残業獣』は気にせず警察官に向かって来た。警察官の眼前いっぱいに『残業獣』の大きく開いて牙がぎっしり詰まった口が迫ってきた――。
『残業獣』は四人の人間を食った。
人気がない夜の一般道の真ん中に立った『残業獣』は、両腕を体の前で交差させて背中を膨らますように体を丸めた。
力んでいる体が小刻みに震えている。
もともと盛り上がっていた背中のこぶがさらに膨らんでいく。
遂に――。
背中のこぶの皮が破けた。体液が飛び散る。
『残業獣』の背中から長い爪の生えた手が出て来た。そしてもう一本の腕が出て来た。
地の底から這い上がるようにさらなる異形の物が『残業獣』の背中から出て来る。
新たな異形の全身が『残業獣』から抜け出た。元々の『残業獣』は抜け殻のように潰れている。
「フウ―」
それは屈強な人間そのものの体型をしているが、やはり異形であった。
むき出しの内臓を思わせる朱色の肌は変わらず。表面には筋肉繊維がむき出しになったような強靭な凹凸がある。
顔は仮面をつけたような外骨格がある。凶悪な髑髏のような形状。
背中からは左右に三本ずつ太い触手が伸びて宙を浮遊するように動いている。
進化――。
『残業獣』がさらなる高位な存在に変化したというのが相応しい。
夜十時過ぎ。
バスに乗る紅月サヨは津田沼での飲み会から自宅へ帰る途中であった。
サヨの最寄り駅は京葉線の稲毛海岸駅なので、総武線の幕張本郷駅からバスで海浜幕張駅まで移動して京葉線に乗ることになる。
空いているバスの席に座ったサヨはいつものようにBL本に夢中になっていたが、気づけばバスがしばらく動いていない。顔をあげて窓の外の様子を眺めた。
車のテールランプがかなり前の方まで続いている。道路が渋滞しているようだ。
「事故だよ。車が炎上したんだってよ」
「マジか。それで交通規制しているのか」
後ろの座席の人の会話が聞こえてきたが、サヨは気にせず再び読書に没頭した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます