第92話 憑かれし者



 帰路に着く為、オカルト研究部のメンバー達は長い時間温めていた喫茶店を出た。


「……ねえ。よかったら皆で、うちに来ない?簡単なものになってしまうけれど、手料理をご馳走するわ」


 駅へと向かう道すがら、メンバー達を包む空気は、この季節の空のように重たく、足取りを鈍らせている。だから彼女から持ち掛けられた提案は、場の雰囲気を和ませた。


「――っ!うん!行く行く!もちろん私たちも手伝うから!ねっ!」


 その提案に明るい笑顔を見せた、いずみと頷く青葉。どちら共に嬉しそうだったが、一番の笑顔をみせていたのは提案した本人だ。しかし――


「…………?如月君?」


 いつまでも、返事を返そうとしない彼が気になった彼女は、後ろを振り返った。


 見ると、一番後ろを一人で歩いていた彼は眠そうに目を細め、今にも眠り込んでしまいそうだ。歩きながらコクリ……コクリと船を漕いでいる仕草は可愛らしくもあったが、彼女の胸には言いようのない不安が押し寄せる。




「如月君、大丈夫――!?」


 如月ユウに駆け寄った黒木紅葉の声と表情には、そんな彼女の心情が漏れていた。


「……ん? あ、ああ。すみません、ちょっと寝不足気味で……」


 駆け寄ってきた紅葉に肩を揺さぶられ、ユウは目を覚ました。そして歩きながら眠りかけていた自分に気が付き、慌てて掌で自分の頬をピシャリと叩く。


「……本当に大丈夫?眠れて、いないの?」


 心配そうに尋ねてくる彼女の様子に思考が回り始め、加えて両頬もジン…ジン…と熱くなってくると、一気に眠気など吹き飛んでしまった。


「い、え…… 期末テストが近いので、ちょっと昨夜無理しただけですよ。もう大丈夫だから、そんなに心配しないで下さい」


 ユウがそう笑顔で応えると、安心したのか彼女は頷き返してくれた。そして気が付けば、いずみと青葉の姿も隣にある。どうやら自分は、三人に随分と心配を掛けてしまったようだ。


 そのことに気が付いたユウは、再び元気な笑顔をみせたのだが……

 だがその笑顔が、彼が疲れ切っていることを彼女たちに気が付かせた。



「……今日は、直ぐに帰って寝たほうがいいわ。きっと疲れが溜まっているのよ。いい?今日は勉強はしないで、寝ること。――分かった?」


「……そうだね。自分だけテスト勉強してるなんて、ユウくんズルいよ。

 ねえ……明日さ、皆で集まって一緒に勉強しない?紅葉ちゃんも青葉ちゃんも、スゴク頭いいんだから!ねえ、紅葉ちゃん。明日さ、ユウくんと一緒に勉強教えてもらいに行っていい?」


「もちろん、待っているわ。それじゃあ明日、輝命寺こうめいじに、お昼に集まりましょう。だから今日は、ちゃんと寝ること。――分かった、如月君?」


「……ユウ。明日、待ってます。だから今日は、帰って直ぐ寝て下さいね?」


 三人から顔を覗かれて、こんなにも心配そうな眼差しと言葉を投げ掛けられたら、黙ってそれを受け取る他ない。だからユウから彼女達に返してあげられるとすれば、素直に頷くことと、それから…… 


「うん、心配してくれてありがとう。じゃあ、今日は帰って休むことにする。……それにしてもさ、あのお寺ってって呼ぶんだ。俺、ずっとだと思ってた」


 ――――今更なの?


 やっと、三人の顔に笑顔が戻った。


 そしてその笑顔を向けられた当人が、頭をモシャモシャしたのは言うまでもない。





 🌙  🌙  🌙  🌙  🌙  🌙




 その日の深夜――


 自室の布団の中で、ユウは目を覚ました。


 枕元の置き時計に目を向ければ、零時を少し回ったところ。――頃合いだ。


 今日は家族や仲間に心配されて午後八時前には床に就いたから、四時間は寝ていたことになる。頭はまだボーっとしていたが、ユウは眠い目を擦り自分をなかなか離そうとしない布団から、無理矢理起き上がった。


 すると直ぐに、キーンと耳鳴りが始まった。

 それは普段の耳鳴りと違い、鼓膜の奥まで圧力を感じる耳鳴りだった。


 ――来たな、と思う。



「……何処です?姿を、視せて下さい」


 少しずつ慣れ始めた暗闇に向かって、ユウは小声で話し掛けた。すると襖の前に、白いワンピースを着た少女が姿を現した。赤い花柄模様が可愛らしい、白いワンピース姿の美しい少女だ。


「――美月さん、久しぶり。今夜は、美月さんなんですね?」


 そう言って微笑むと、少女はコクリと頷き返してくれた。


「それじゃあ、この前の続きをしましょうよ。今日は朝までタップリ時間がありますから、ゆっくりと出来ますね……」


 それからユウは、彼女に傍まで来る様に促した。それに応えてユウの隣にちょこんと腰を落ち着かせた少女――美月は、黙ってユウの顔をじっと見つめている。


 「……緊張しなくても、大丈夫。この間みたいに、リラックスしていて下さいね」


 緊張が隠せない彼女を安心させようと、声を掛ける。すると漸く、いつもの彼女らしい笑顔をみせてくれた。


 まるで夜空に輝く三日月のように妖艶な笑顔を湛えた彼女は、

 

 本当に……嬉しそうだった。

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