第83話 過去の自分、今の自分、未来の自分。


 男から少し離れた場所で、三人は警察の到着を待つ。


 三人の間に言葉は無く、場を包んでいるのは重い空気だった。



「あの……」


「…………嫌われちゃった、かしら?」


 ようやく口を開いたユウに向けられているのは、紅葉の悲しそうな笑顔だ。


「いえ、嫌うとか……そういうんじゃなくて。……ちゃんと話して下さい先生。俺達、何が何だか分からないんですよ。  ……会長って、誰なんです?」


 不安に揺れる顔を隠す様子もなく、じっと自分を見つめて来る彼と、下を向いたまま何も話そうとしない親友を交互に見つめてから、紅葉は大きく深呼吸をした。


 それから胸に手を当てて、ゆっくりと話した内容は以下の通りだ。


「昔、心霊現象で悩む家族から依頼があったわ。私達はその依頼を受けた。………その家族が裏社会を取り仕切っている家族だとは知らずにね。

 ……でも直ぐに気付いたの、私達はとても危険な場所に足を踏み入れてしまったってね。でも、分かっていて私はその依頼を途中で止めなかった。そして結果的には、その依頼は無事に解決する事が出来た。


 その家族には、本当に感謝されたけど……

 私は…… 間違った事をしたんじゃないかと、今でも思うわ」


 紅葉はそう言って、下を向いた。二人の姿を見る事が出来なかったからだ。話し終えた後の胸を押さえる手の震えが、自分の心境を物語っていた。


「………その人達とは、今でも親しくしているんですか?」


「いいえ。電話で話したのも三年ぶりよ。でも貴方達が、そう感じても仕方のない事だと思う」


「……分かりました。話してくれて、ありがとうございます」


 それだけを言い終えた彼が、いずみの車椅子を押しながらその場を離れて行く。その姿を見る事が出来ず、紅葉は地面を見つめたまま立ち尽くしていた。

 ただ、遠ざかっていく車椅子の車輪の音と足音だけが聞こえていた。


 その時、紅葉は改めて自分の気持ちを思い知った。


 わたし…… こんなにも、この人達に嫌われたくないんだ。


 

 いつしか全身へと広がってしまった震えは、きっともう止まることはないだろう。




「……何してるんです?先生」


 その声に、ハッと顔を上げる。


「警察が来る前に、一息入れましょう。ほら、あそこに自動販売機がありますよ。

 ……何、飲みます?」


 話し掛けてきた彼は、いつもの眠そうな……気怠そうな顔の彼だった。


「紅葉ちゃん、早くおいでよ!早くしないと、お巡りさん来ちゃうよ!ねぇユウくん、あの人には何を買ったらいいと思う?」


「はぁ!?アイツはいずみのこと、攫おうとしたんだぞ。俺はアイツには、おごらないからな!」


「またまた!ユウくんは絶対おごるよ~!」


「バカ!俺はそんな優しくないんだよ!俺が優しくするのは、大切な人だけだ!」


「……ふ~ん。じゃあ、いつもおごっている人はユウくんにとって大切な人なんだ?」


 ぐっ……と、彼が言葉に詰まっている。



「………当たり前だろ」


「え?何て?声が小さいよ、ユウくん」


 そして耳に手を当てた彼女が問うと、頭をモシャモシャした彼はハッキリと大きな声で言ってくれたんだ。


「大切だよ!いずみも!青葉も!先生も!俺の大切な人だ!!」



「――だって、紅葉ちゃん」


 満面の笑顔で、親友は笑う。


 

 紅葉にとって、そんな二人は眩しくて仕方がなかった。



 ……そうよね。


 あの時―― 如月君の家で大泣きした時、私は思ったんだ。


 もう自分を、この仲間達の前では偽らなくて、いいんだって。


 過去の自分も、今の自分も、未来の自分も全部さらけ出してもいいんだって。


 私はこの後に及んで、何を恐れているんだろう?


 大切な人達だもの、嫌われたくないって気持ちは当然だけど……


 でも、私が考える以上に、この仲間達は私の事を想ってくれている。



 気が付くと全身の震えは自然と治まり、顔には笑顔が浮かんだ。



「ありがとう如月君。私、ホット珈琲でいいわ」


「了解です」



 その眩しい笑顔を見つめながら、紅葉は心の中で自分自身に話し掛けた。



 ……ねえ、紅葉。


 この大切な仲間と。

 何より自分自身のことを、もっと信じなさい。




 そして紅葉は、二人に向かってゆっくりと歩き出した。







 自動販売機の前で三人並んでいる時に、ユウが紅葉に話しかてきた。


「でも先生。顔が広いのは良い事ですけど、危険な人達とあまり関わらないで下さいね。いくら妹の為だと言ってもです。俺達の勝手な言い分ですけど、やっぱり心配ですから」


 照れた顔を隠さずに、ユウが本音を言う。


「ええ、ありがとう。如月君、いずみちゃん」


「で……、そんな事を言っておいて何なんですけど、顔の広い先生に一つ力を貸してほしい事が、ありまして………」


 そう言って、ユウは鼻の頭をポリポリと掻いた。

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