第65話 絆(下)


「私、知ってたよ。二人が青葉ちゃんに付き纏っている怖いものと、ずっと闘っていること。二人は何も話してくれなかったけど、ずっと知ってた」


 いずみの言葉に、部屋の空気が静まり返る。


 暫くの沈黙の後、それに耐えられなくなったのか紅葉が口を開いた。


「……ごめんね、いずみちゃん。話さなかったのは、いずみちゃんを巻き込んで危険で怖い思いをしてほくなかったの。本当に、ごめんなさい」


「……私、いずみちゃんに怖い思いをしてほしくなかった。それに、いずみちゃんに知られたら、離れて行ってしまうんじゃないかって……こわくて、私……だから私、わたし……」


 ユウにまで、青葉の緊張感が伝わってくる。彼女は上手く言葉に出来ずに、俯きながら体を震わせている。


「……紅葉ちゃん、青葉ちゃん。私たち、小さな頃からずっと一緒だったよね?楽しい時も、悲しかった時も、いつも三人一緒だった。二人と過ごす何気ない日々が、私は本当に大好きで…… こんな時間が続けばいいって、ずっと思ってた」


 一度言葉を止めて、いずみは二人を見つめる。紅葉も青葉も、いずみを見つめたまま時間が止まったかの様に動かなかった。


「そして……そしてね。それはこれからも一緒。私はずっと二人と一緒にいたいの。 

 私ね、ずっと二人に謝りたかった。……私はずっと知ってたのに、何も出来なかった。二人が怖い思いをしているの知ってて、わたしは……二人に何も……してあげられなかった。

 二人がいなくなっちゃうじゃないかって、いつも不安だったけど、私は二人に何もしてあげられなかった。……本当に、ごめんなさい」


 そして、いずみはリュックから一枚の紙を取り出した。その紙には、入部届と書いてあり、いずみの名前も書いてある。


 そして何も言えずに立ち竦んでいる紅葉に、その紙を手渡した。


「これからも足手まといに、なっちゃうかもしれない。だけど、私に出来ることを二人の為にしたい。……紅葉部長、私をオカルト研究部に入部させて下さい」


 目に涙を溜めてはいたが、いずみの表情には強い意志があった。紅葉はその紙をじっと見つめてから、徐に顔を逸らした。


「駄目よ。貴女には……美術部があるじゃない。貴女は将来、読む人を幸せにする…絵本作家に…なるんでしょう?」


 そう言った紅葉の声は、微かに震えている。顔を逸らしたのは、きっと……


「美術部は、掛け持ちが許可されているんです。美術部の部長には、もう許可を取ってきました。両方共に、絶対に手は抜きません。ですから、入部を許可して下さい」


「なに言ってるの?掛け持ちなんて駄目に決まってるじゃない。それに貴女を、危険な事に巻き込む訳にはいかないの。分かって、いずみちゃん……」


「紅葉ちゃん、青葉ちゃん!二人の問題は、私の問題でもあるんだよ!二人が私のことを大切に想ってくれている様に、私にとっても二人は大切な人なの……っ!!

 

 ……今まで私は、二人にだけ怖い思いをさせてきた足手まといだもんね。そんな私に、何が出来るか分からない…… 分からないけど…… 足手まといかもしれないけど…… 私も、一緒にいたらダメかなぁ……?」


「駄目よっ!!」


 いずみの話しを聞いていた紅葉が、突然大きな声を上げた。いつも冷静な彼女が初めて見せる感情的な声に、ユウは少なからず驚きを覚える。


「いずみちゃんは何も分かってない!私達にとって、貴女の存在が今までどれだけの救いになったのか!どれだけ私達が貴女に助けられてきたのかを、貴女はなんにも分かっていないのっ!!」


 そこまで話して、紅葉は一度言葉を切った。自分が感情的になっていることに気付いたのか目を閉じて胸に手を置くと、何度も大きく深呼吸している。


「……だから、だからね、いずみちゃん。足手まといなんて、絶対に言わないでほしいの。そんなこと……考えないでほしいの。……お願い」


 紅葉の言葉に、少し困った顔をしたいずみ。それから真剣な顔になり「……分かった。ごめん」と、言った。


 大きく頷いてから、紅葉は話を続けた。


「あのね、いずみちゃん。青葉に憑りついているモノは、貴女が想像している以上に怖い存在なのよ。関わればきっと……とっても怖い思いもするし、危険な目にだって遭うの。部の活動だってそうよ。だからお願い、考え直してほしい」


 紅葉の言葉を黙って聞いてたいずみは、優しく微笑み――


「……うん。きっと怖いし、危険なことだってあるよね。だけどね、私達なら……」


 ――それから紅葉と青葉、そして最後にユウを見つめる。


なら、絶対に大丈夫だよ」



「い、いずみちゃ――ッ!」


 悲鳴に近い声を上げたのは、紅葉だ。


「……大丈夫。うん、絶対に大丈夫だよ。 紅葉ちゃんと青葉ちゃん、それからユウくんと私。私たち四人なら、絶対に大丈夫だよ。誰か一人にだけ、辛い想いをさせたりなんかしないよ。全員で、絶対に幸せになるの」


 そう言って金森いずみは、あの太陽みたいな笑顔を浮かべる。


 そしてその笑顔を見てしまった紅葉は、初めて人前で泣き崩れた。今までどんなに辛い事があったって、人前で泣いたことなんて無かったのに……



 ―――ああ、そうだ。この前、如月君の前で泣いたっけ……


 ……あの時が、初めてだったかもしれない。


 大粒の涙を流しながら、紅葉は頭の中でそんな事を考えていた。



 そしていずみはというと、初めて見る紅葉の姿にどうしてよいか分からなかった。分からずにただオロオロとしていると、ギュッと誰かに抱きしめられた。


 抱きしめてきたのは、青葉だ。


 顔を見ることは叶わなかったけれど…… 彼女の体が震えているのだけは分かる。


「……青葉ちゃん。今まで辛い想いさせて、ごめん。これからは、みんな一緒だよ」


 抱きしめ返しながらそう呟くと、彼女は何度も何度も頷き返してくれた。



「………いずみちゃん。私たちは、貴女を歓迎するわ」


 泣き顔のままの彼女が、そう言った。


 その言葉を聞いたユウは、思わず目をつむる。


 

 ―――今、大切な何かが繋がった気がした。



「紅葉ちゃん、青葉ちゃん、ユウくん。………よろしくお願いします」


「……ああ。よろしく、いずみ」


「それじゃあいずみちゃんは、これからは私のことを黒木先輩って呼ぶんですか?」


 泣き顔の青葉がそう言うと、


「……え? 私、青葉ちゃんのこと、そんな呼び方で呼ぶの?別にいいけどさ?」


「私、イヤです。いずみちゃんに、そんな風に呼ばれるのイヤです」


 その言葉に紅葉といずみが泣きながら笑って、そして一人だけキョトンとしているのが青葉だ。



 ユウはそんな三人の様子を眺めながら、あーあ、と思った。


 ……本当に、酷い有様だった。


 皆がみんな、涙で顔をクシャクシャにしながら…… 笑っている。


 ほんとに、本当に、この人達はよく泣くなと思った。


 だけど……


 だけど、好きなだけ泣いていいと思った。


 今まで泣けなかった分、本当に好きなだけ涙を流せばいいと思った。そして叶うなら、三人が何の心配もなく笑い合える日が来ればいいと、心から思った。



 そんなユウのところに、顔をクシャクシャにした紅葉が近寄ってきた。


「……貴方って、本当に不思議な人ね。出逢って間もないのに、私達をこんなにも変えてしまうなんて……ね」


「な、何を言ってるんです?俺は何も…… 今回だって、いずみや二人が頑張ったんじゃないですか」


 バツが悪そうにユウが答えると、


「いいえ貴方が、いずみちゃんを強くさせたのよ。それに貴方と一緒にいると、青葉は素直でいられるみたい。そして……そしてね。 貴方は、私を………弱くさせるの。     

 ………良い、意味でね」


 それから紅葉は眩しそうにユウを見つめて、ふふっと笑った。


「貴方がいなかったら、きっとこうは、ならなかったから……」


 そして何も言えずに黙っているユウに、彼女は優しい微笑みを向けてくる。



「ごめんなさい。折角の美味しい珈琲を、塩辛くしてしまって……」


「……ああ、また入れ直してきます。ちょっと待ってて下さいね」


 その笑顔から逃げ出す様に、キッチンへ向かおうとするユウ。だけどその袖がツンっと引っ張られて、はい?っと振り向いたユウに、彼女はこう言ったんだ。



「……責任、取ってね。如月君」



 そして涙で濡れた顔を残し、抱き合って泣く二人の元へと彼女は行ってしまった。だから言い掛けた言葉を、ユウは飲み込むしかなかった。



 ……ズルい、ズルいよ先生。



 ふ~っと、溜息を付いてユウは天を仰ぐ。



 そんな笑顔を見せられたら、何も言えなくなっちゃうでしょ?



 

 そんなことを考えながら、ユウは一人、微笑みを浮かべた。





          第二章  完

          第三章へ続く



   




    ✨✨✨ 読者の皆さまへ ✨✨✨


 いつも「虹恋、オカルテット」をお読み下さいまして、ありがとうございます。今回のエピソードをもちまして二章が終わり、三章へと続いて行きます。ここまで連載を続けられてきたのも、ひとえに皆さまの応援や温かいコメントのお陰さまです。改めて、私から感謝の気持ちを伝えさて下さい。


   

    ☆皆さま、本当にありがとうございます☆


       (*_ _)ペコリ



 黒木青葉がヒロインを務めさせて頂きました第二章はいかがでしたでしょうか?金森いずみがメインヒロインを務めさせて頂きました青春感が溢れる第一章から一転、特に前半から中盤まではオカルト色が強い展開でしたね。さて三章は、どんな展開になっていくのでしょうか?ちょっと触ておきたいと思います。


 第三章は、復讐劇なんです。(; ・`д・´)

 

 ……ふくしゅう?

 この物語に、そんな要素あったっけ?って思いますよね(´・ω・)?

 

 加えて、まだまだ謎が多い黒木姉妹のもう一つの姿が徐々に明らかになっていきます。あの殺人犯とオカルト研究部のメンバー達が怒涛のバトルを繰り広げる第三章。どうか楽しみにしていて下さいね。(*^^)v

 

 さて金森いずみが加わって、四人になった城西高校オカルト研究部。彼ら四人が奏でるカルテットは、どんな恋と愛、そしてオカルトな演奏を響かせてくれるのでしょうか。



 皆さまにお知らせです。

 

 ここでちょっと休憩を挟み、第三章のスタートは下記の通りです。また、第三章のスタートに合わせて、黒木青葉が主人公の物語「…秘密」を公開します。この物語は、黒木青葉の心の内を綴った物語。そして……なんと四人の前々…前世?(笑)かもしれない人達が描かれた物語なんですよ。あくまでも、かもしれない?ですけどね。

( *´艸`)


 

 ・「…秘密」の公開日:6月6日(木)~毎日投稿予定(全7話)


 ・第三章のスタート :6月6日(木) AM6時30分

 (今までと同じく、木曜日と日曜日に公開していきます)



 少し間は空いてしまいますが……

 これからも、わたくし共々四人の主人公達をどうぞよろしくお願いいたします。

 (*- -)ペコリ

                            

                               

           虹うた🌈


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