第26話 ユメのマヨネーズクッキング


 さてさて、お夕飯を作っちゃわなきゃね……


 冷蔵庫の中身を確認して今夜の献立を考えると何種類かの料理が頭に浮かんだのだが、いまいちパッとしない。しかたないのでユメは、テレビに近づいて録画済みの番組をチェックすることにした。


 ……あった。


 今日は、どんな料理を紹介してくれるのかな?



 ソファーに寝転び再生ボタンを押すと、軽快な音楽と共にその番組は始まった。それは誰もが知っている調味料会社がスポンサーをしている料理番組だ。


 番組の今日のメニューは、『季節の野菜と豚肉を使った煮物』だった。


「……おいしそう」


 思わずお腹が、クーと鳴る。これなら少しアレンジすれば冷蔵庫の中身で何とかなりそうだ。後はスープかお味噌汁を作って、サラダと一品料理を足せば大丈夫だろう。


 要点をチェックしてから、早速に料理に取り掛かる。エプロンを身に着け、お米を研ぎ始めた時だった。


「ただいまー」


 玄関の方から、兄の声がした。


「お兄ちゃん、お帰りー!」


 米を研ぐ手を休めず返事を返す。すると直にリビングの扉が開く音がして、兄のユウが帰ってきた。振り返えれば、そこには笑顔の兄が立っている。……心なしか、今日の兄は疲れているように見えた。


「……お兄ちゃん遅かったね」


「悪い。着替えてきたら、すぐ手伝うからさ」


「ううん、慌てなくていいよ。なんかお兄ちゃん疲れてるみたいだから、少し休んでて…… 夕飯は、私がやっとくから」


「さんきゅー、でも大丈夫だ。ユメこそ部活、大変だったろ?」


「ううん、私は平気だよ」


 そう返事を返したユメだったが、内心は兄の気遣いが嬉しかった。そこに兄の笑顔が向けられる。


「そっか。じゃあさ、いつもみたいに二人で美味い飯でも作るか」


「うんっ!」


 だから返すユメの返事も、自然と笑顔になった。





「……部活?」


「ああ、入部することにした」


 そう話をしながら、兄が美味しそうにユメの作った煮物を頬張っている。


 ……よかった。お兄ちゃん、味付け気に入ってくれたみたい。



「部活って、またテニスを始めるの?」


「いや、テニスじゃないよ」


「え?なに部なの?」


 するとそのユメの質問に明らかにバツの悪そうな顔になった兄が、……オカルト研究部。とポツリと呟いた。


「……? おかると?? ……なに、それ?」


 オカルトって、心霊現象や都市伝説なんかのあのオカルトだろうか?あの怖がりな、お兄ちゃんが?それはおおよそ、以前の兄の口からは出てきそうにない言葉だった。


「え?え?そのオカルト何とかって、何をする部なの?」


 するとその質問に、暫し考え込む兄。そして出した答えはこうだった。


「……人助け、かな?」


「人助け?ボランティアみたいなこと?」


 まあそんな様なもんだよ……と、明らかにお茶を濁しながら誤魔化す兄とそれを不審に感じる妹。ユウに対するユメの質問は続いた。


「それって、大きい部活なの?」


「いや、俺を含めて3人だけの小さな部なんだ」


「ふーん。……女子部員はいるの?」


「ああ。俺以外、全員女子だよ」


 自分で聞いておいて何だが、女子という言葉にユメの眉がピクリと反応する。



 お兄ちゃん、まさか……


 昨日も帰りが遅かったし、彼女ができたのかな?



「ふ、ふーん。そうなんだ」


 返事をしながらもユメは、心臓がキュっと締め付けられるような感覚を覚えた。


「……お母さんには話したの?」


 我ながら、ズルい質問だった。自分の気持ちに正直になれば、兄に女子ばかりの部になんて入ってほしくはない。絶対に、嫌だと感じている自分がいる。

 だけど自分の意見として兄に話す勇気もなかった。だから母の名前を出したのだ。


「母さんには今日、話すよ。ユメ御免な、部活や受験で大変なのに…… 出来るだけユメの負担に、ならない様にするからさ」


「べ、別に私は平気だよ」


 そう応えながらも、ユメはそんな自分自身が嫌で仕方なかった。兄はいつだって私に気を掛けてくれる。それなのに私は……


 事故にあってからの兄は、本当に頑張っていると思う。リハビリも……勉強も…… もしも大怪我をして記憶まで無くしてしまったとしたら、同じことが自分に出来るだろうか?


 そんな兄が、やりたいことを見付けたのだ。私だって応援してあげたい。だけどそれは……かっ彼女、以外のことだからね!


「そ、そんなことよりも、お兄ちゃんさ。最近帰りが遅かったり、急に部活に入るとか言い出したりしてさ。もしかして……かっ彼女でも出来た?」


 ユメからすれば、まさに清水寺の舞台から飛び降りる心境だった。ユメは勇気を振り絞ってその質問を兄にぶつけてみた。……だってこのままじゃ部活や勉強に集中出来ないし、応援だってしてあげられないから。


 そのユメの質問に、兄は少し驚いた顔をした。


 そして質問したユメ自身も、自分の顔が真っ赤になっていくのを感じている。自分で聞いておいてなんだが、恥ずかし過ぎて兄の顔をまともに見れやしない。


「……いや、全然そんなんじゃないよ。それに今は彼女とか考えられないし。何ていうか・・ユメを見ていたらさ、自分ももっと頑張らなきゃって思った」


 そんなユメの瞳に、少しんだ兄の顔が映る。


「ご、ご馳走さま…… 先にお風呂もらうね」


 ユメは自分でも信じられないくらいに顔が火照っていくのを感じながら、その場を逃げ出すように後にする。


「え……? ユメ? 急にどうした? お、おう……後片付けは、俺やっとくからさ、ゆっくり入ってこいよ」


 そしてそんな兄の声を背中で聞きながらお風呂場へと入り、軽く体をシャワーで流しから湯舟に浸かった。そこでやっと、ユメはニヤニヤしている自分に気が付く。


「……お兄ちゃんのバカ」


 本当にバカだ。あんなこと言われたら、どうしても意識しちゃうよ。



 ……ずるいよ。


 最近の兄は、本当にズルい。


 そして先程の笑顔を思い出して、また顔が火照っていく。



 ……そっか。


 お兄ちゃん、彼女なんかつくる気ないんだ。



 ユメは兄の言葉に安心している自分に少しの不安を感じながら、今日のところはそれでもいいと思った。だってお兄ちゃんは、ちゃんと私のことを見ていてくれてたんだもん。


 それを知れただけで、先程までの不安や疲れが嘘みたいに吹き飛んでいく。



「さて、お風呂から上がったら勉強頑張るぞ!」


 んー!と伸びをしながら、ユメはまた兄のことを想う。


 もっと、あの人の力になりたかった。私なんかより、ずっと頑張ってるんだから。

 ……部活の応援もしよう。きっとお兄ちゃんは、何か考えがあるんだよ。


「ユメ、ファイト!」


 そしてユメは自分自身に、小さくガッツポーズをするのだった。

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