第74話 開戦

 その日の放課後。


 今日からオカルト研究部のメンバー達は、それぞれに別れて行動することになっていた。水崎を守る役と、いずみを守る役、そして紅葉を守る役だ。


 水崎を守る役は青葉が、いずみを守る役は紅葉が、紅葉を守る役はユウが担当する。火東が近づき易い様に、あえて互いに距離を置く作戦だ。


 水崎翔子には火東と昔からの知り合いという事もあり、敢えて作戦内容を説明しないことにした。説明しても信じてもらえないだろうし、火東に漏れてしまう可能性もあるからだ。

 彼女には、どうしても外せない用事が出来たので暫く青葉一人だけの同行になった旨の話だけをした。その話をした折、残念そうにユウを見つめている彼女の様子を見ていた女子部員三人の機嫌が、すこぶる悪くなったのは言うまでもない。


 その他にも、何か事が起こったら直ぐに分かる様に、全員のスマホでお互いの位置が確認出来る様にしたり、グループ通話を繋げて全員で会話出来る様にしたりと、離れていても全員の状況が分かるように、注意を払うことになった。




「ふぅ…… なんか一人で帰ると、やっぱり淋しいね」


 左耳に挿したイヤホンから、いずみの淋しそうな声が聞こえてきたのは、学校を出発して暫く経った頃だった。スマホを覗けば、画面の向こうから心細げな顔がコチラを覗いている。


「ふふっ……大丈夫よ、いずみちゃん。すぐ後ろで、ちゃんと見ているからね」

 

 紅葉が、透かさず笑顔で声を掛けている。今、スマホの画面にはグループ通話中の四人の顔が小さく映っていて、それぞれの表情までハッキリと見ることが出来るのだ。


「先生のことも、ちゃんと見えてますよ」


 会話に混じろうと、ユウも画面の向こうの三人に向かって声を掛けた。


 今は、夕方の六時を少し過ぎた時間帯。夏至が近いこの季節の空は、まだまだ明るくて周囲を警戒するのに問題はなかった。

 いずみ、紅葉、ユウの順番で、お互い100m程の距離を空けて歩いているのだが、最後尾のユウからでも、いずみの後ろ姿を目視することが出来るくらいだ。


 「ふふっ、如月君はいつも、ちゃんと私を見ていてくれるものね」


「……はいはい。いつも先生のことを見てますよ」


「何よ、その投げやりな言い方……」


「……ちょっと、なに後ろでイチャついてるの?ユウくん!私のこともちゃんと見ててよ!」


 スマホの画面には、さっきまで機嫌良さそうに微笑んでいたのに今は睨み顔の紅葉と、顔を赤くしながら訴えかけてくる、いずみが写っている。……まあ、オカルト研究部のメンバーが揃った時の、いつもの光景と会話が繰り広げられている訳だ。


「あ、ああ…… ちゃんと見てるよ。そういえば、そのヘアピン可愛いな」


「そ、そうかな?この間、ユウくんの家に行った後に三人で寄った雑貨屋さんで買ったんだ」


 照れ臭そうに微笑む、いずみの髪には、月を模ったヘアピンがキラリと輝いている。その金糸雀色かなりあいろをした月は、明るい性格の彼女にとても似合っていた。


「そのヘアピン、絶対にいずみちゃんに似合うと思っていたの。ふふっ、三人でお揃いにしたのよね」


 「うんっ!似合うって言ってくれて、ありがとう紅葉ちゃん!……紅葉ちゃんは、つけてこなかったの?」


 褒められたことが余程嬉しかったのだろう。画面の向こうで、いずみが嬉しそうにと、紅葉も意味深な笑顔でそれに応えている。


「……じゃあ、そのヘアピンと同じものを先生と青葉も持っているんですか?」


「ええ、色と形が違うけれど持っているわ。 ……今度、付けてこようかな?」


「ええ、是非お願いします。きっと二人も似合ってると思いますよ」


「ふふっ、それはどういう意味?貴方、そのヘアピンの意味が分かって言ってる?」


「……意味、ですか?月のアクセサリーって、何か意味があるんですか?」


「もっ紅葉ちゃん!それ以上は、言っちゃダメだよ!」


 ユウの質問を受けて小悪魔な表情を浮かべ始めた紅葉に気が付いて、いずみの真っ赤に染まった顔がスマホの画面いっぱいに広がった時だった。「……楽しそうです」と、もう一人の部員の声がした。


「あ…ああ、青葉も………」


 ―――いたの?と言い掛けて、ユウは慌てて言葉を呑み込んだ。先程から画面に顔は写っていたのだが、全く動かなかったので静止画の様だったから。


「……ユウ。私も髪型変えたんですけど、わかりますか?」


「え?えっと……ね」


 ユウは、じっと画面の中の青葉を見つめた。あまり変わった様には見えなかったが、確かに少しだけ明るくなったように感じなくもない。


「……少し、前髪切ったよね?」


 その言葉を聞いても暫くの間は何の反応もみられなかった彼女だが、唐突に変化は訪れた。あの雪の様に真っ白だった肌が、みるみる赤く染まっていったのだ。


「………わ、わかちゃう……ん、ですね」


「あ、ああ。何か前よりも少し明るくなったなと、思って……さ」


 初めて見る、反応だ。

 ちょっと何?この子、こんなに可愛いかったっけ?と、ユウは思わず心の中でツッコミを入れた。


「そ、そうですか?ありがとうございます!」


 前髪を恥ずかしそうに触る青葉を、画面の中の紅葉といずみが愛しそうに見つめている。


 青葉は今、水崎が無事に自宅まで帰ったのを確認して、帰りの電車に乗る為に最寄りの駅に向かって歩いているところだった。駅までもう間もなく、といった処だろう。ユウ達が歩いて向かっている大きな駅に着く頃には、丁度、彼女が乗る予定の電車も大きな駅に着く筈なので、そこで合流する予定だ。


「ふふっ ……さあ皆、会話にばかりに気を取られないようにしましょう。歩きスマホは危ないし、周りの様子からも目を離さない様にしないとね」


 そして妹を愛おしそうに見つめていた紅葉から注意を呼びかけられ、三人が、はい…と、返事を返したその時だ。


「……青葉、どうしたの?」


 妹の異変に逸早く気が付いた姉は、直ぐに声を掛けた。


「………姉さん。30m位前に、黒いワンボックスカーが止まっています。スモークで中は見えないけど、中からこちらを見ている視線を感じます」


「……そう。青葉、直ぐにその場から離れて人通りの多い場所へ移動しなさい」


 冷静な紅葉の指示が飛び、一気に緊張が走った。青葉が頷いて、画面から消える。


「青葉!」


 ユウも声を上げたが、もう青葉からの返事は返って来なかった。

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