第63話 秘密の気持ち
「……ただいまー」
その時、リビングの扉が開いて、恐る恐るという様子でユメが顔を覗かせた。
「ああ、おかえりユメ。今日は早かったんだな」
「う、うん。大会の練習でみんな疲れが溜まっているから、今日は早く解散して疲れを取ることになったの。 ……あ、あの、こんにちは」
紅葉たちに気が付いたユメが、ペコリと頭を下げた。
『こんにちは。お邪魔してます……』
そんなユメに、三人も揃って挨拶をしている。
「ユメ、ちょっと紹介させてくれる?部活や学校でお世話になってる人達で、同じ部活の黒木紅葉先輩と妹の青葉さん、それからクラスメイトの金森いずみさん。三人には、本当にお世話になっているんだよ。……みんなにも紹介しますね、この子が妹のユメです」
「……き、如月ユメです。どうぞ、よろしくお願いします。お兄ちゃんが、いつもお世話になってます」
「部長の黒木紅葉です。こちらこそ、お兄さんにはいつもお世話になっています。
……ユメさんの留守中にお邪魔してしまって、御免なさいね。この子が妹の青葉で、この子がいずみちゃんです。こちらこそ、どうぞよろしくお願いします」
ペコリと頭を下げたユメに、三人も深々とお辞儀して返している。そんな畏まった挨拶の中で、一人だけ笑顔だったのは金森いずみだ。
「ユメちゃん、よろしくね~!ユウくんに、こんなに可愛い妹さんがいるなんてビックリしたよ!ねえねえ、紅葉ちゃんも青葉ちゃんもそう思わない?」
そしてどうやらその明るい声が、何処か緊張感が漂っていた場の硬い雰囲気を柔らかく溶かしてくれたようだった。
「ふふっ、本当。でもやっぱり兄妹って似ているのね。ユメさんは、何処となく如月君に似ているもの。……私たちね、如月君がよくユメさんの話をするので、どんな妹さんなのかって話していたのよ。でも私たちの想像以上に可愛らしい人で驚いたわ」
「ユウに似ているのに、可愛いって不思議です」
「ちょっと先生、それからいずみも青葉も……妹が困ってるから、あまりからかわないでやって下さい。それよりユメに聞きたいことがあるんだよ。……俺さ、少しだけ記憶を思い出したみたいなんだ。俺に仲良くしていた小さな男の子っていたのかな?色白で薔薇色のほっぺをした、もしゃもしゃの寝癖が可愛い子なんだけどさ?」
三人に可愛いと言われたのが恥ずかしかったのか、顔を赤くしてモジモジしていたユメだったが、その言葉には驚いたようだ。
「え!?お兄ちゃん、思い出したの? そ、それきっと従妹のショウくん!あの子お兄ちゃんに、とっても懐いていたから!」
「……ショウくん? その子って、今どこにいるんだ?俺、会ってみたいんだけどさ……?」
「イギリスに行っちゃったよ。お父さんがイギリスの人だから。お母さんの妹のユキ叔母さんが日本に仕事で来ていた叔父さんと結婚して、暫くは日本に住んでいたけど去年イギリスに行っちゃったんだよ」
「そ、そうなの? ……残念、だな」
記憶を取り戻す糸口が見つかった気がしていたユウは、明らかに声を落とした。
「で、でもお兄ちゃん凄いね!ショウくんのこと思い出すなんて、すっごいよ!」
するとそんな兄を気遣ってなのか、ユメは大袈裟に喜んでみせた。
「お兄ちゃん、きっと思い出すよ!だから急がないで行こう!でも、これだけは忘れちゃダメなんだよ…… 私にとっても、お母さんにとっても、記憶を思い出しても出さなくても、どっちもお兄ちゃんだからね。……私もお母さんも、今のお兄ちゃんも大好きなんだよ?」
「……ああ」
その言葉に、ユウは胸が温かくなった。しかし同時に、苦しくもなった。
妹に気を遣わせてしまったことに、気が付いていたから……
「じゃあ皆さん、ゆっくりしていって下さいね。私、着替えてきます」
部屋を出ていく妹に、ありがとうユメと声を掛けた。そしてその声に振り向いた彼女は大きく頷いて、いつもの笑顔をみせた。
……その笑顔はユウにとって、かけがえのない笑顔であることに間違いはない。
リビングを出ると、ユメは階段を小走りに駆け上がった。
……ヤバイ。ヤバイ!ヤバイすぎっ!!
そのままの勢いで自分の部屋に駆け込み、制服のままベッドへと飛び込む。そして何とか気持ちを落ち着かそうと、近くにあった枕をぎゅっと抱きしめた。
今日、兄の友達が家に遊びに来ることは知っていた。昨夜、珍しく母と三人で夕飯を囲っている時に兄から聞かされたのだ。兄の話によれば、例のオカルト研究部とかいう怪しげな部活の人達とクラスメイトの女の子の三人が家に来るという。
その内の一人は車椅子に乗っているとのことで、不便を掛けない様にと母と三人でリビングやトイレ、玄関などをチェックして回ったのだ。
今日、ユメの帰りが早かったのは、正直に言えば兄の周りにいる女子を見ておきたいと思い、部活が終わった瞬間にダッシュで帰宅したからだった。その思いは母も同じだった様で、頻りに仕事で会えないことを、悔しがっていた。
ヤバイ!ヤバイ!ヤバイよ!?
何なの、あの人たち!?
……部長の黒木紅葉って人。あの人、本当に高校生なのかな?すっごい美人だし、どう見ても大人の女性にしか見えなかったんだけど?
話し方や立ち振る舞い…… 何処を取っても、彼女には大人の女性の色香の様なものが漂っていたのだ。
……大体、先生って呼び方はなに? 何の先生なのかな?
まさか恋の先生!?
妙な考えが浮かび、ユメは頭をぶんぶんっと振った。
妹の青葉って人も…… あんな綺麗な人、テレビや雑誌でも観たことないよ。
それに綺麗ってだけじゃなくて、何て言うのかな……? 神秘的?な雰囲気。
きっと女神さまって、あんな感じなんだろうなとユメは思った。だけど問題は、そんなことじゃなかったんだ。ユメが一番ショックだったのは、そんな女神さまと兄のお互いの呼び方についてだった。まさかのお互い呼び捨て!?
ユウ、アオバってお互いの名前を呼び捨てにしてたよね……?
どれくらい、親しい関係なのかなぁ……?
ここでユメは、大きく深呼吸をする。何故なら一番ヤバイ人は、その恋の先生でも女神さまでもなくて、別にいたから…っ!
……あの金森いずみって人が、一番ヤバイ。
あの太陽みたいな明るい笑顔に同性で年下の自分ですら一瞬で胸がキュン!っとなってしまった。きっと男の人だったら、一溜まりもないんだろうと思った。
……か、可愛すぎ、だよ?
それにあの人、絶対にいい人だよ。そうでなかったらあんなに素敵な笑顔、出来っこないもん。……きっと裏表がない、人なんだね。
だってあの少し交わしただけの会話でも何となく分かってしまった。この人は、お兄ちゃんのこと好きなんだって……
そしてユメは、また大きく溜息を付いた。
四人とも、すっごく仲良さそうだったな。
まるで、ずっと前からの知り合いみたいに……
とても最近、知り合ったと思えない雰囲気だった。
兄の記憶が少しでも戻ったことはもちろん嬉しかったのだが、ユメの正直な気持ちを言うと、それ以上に三人との出会いは衝撃的な出来事だったのだ。
はあ~っともう一度、ユメは大きく息を付く。呼吸が上手く出来ないくらいに、胸がとても苦しい。
……あんなに素敵な人達が側にいたらさ、お兄ちゃんはきっと誰かを好きになっちゃうよね?
その時、私はどう思うかな?
その気持ちを、受け入れることが出来るのかな?
……ううん。きっと、受け入れられないよ。だって、だって私……
ユメはもう一度、大きく頭を振った。しかしいくら振っても、頭に……胸に浮かんだ気持ちは無くならなかった。枕に顔を埋めながらユメは初めて、自分の心と真剣に向き合ってみた。そしてハッキリと、自分の中にその気持ちがあることに気が付いてしまう。
私……
お兄ちゃんのこと…… 好き、なの?
その気持ちに気が付いた時、ユメは怖くて怖くて体の震えが止まらなくなってしまった。だって実の兄を異性として好きになってしまうなんてことがあるなんて、今まで考えたことも無かったから。
……どうしよう。 わたし、どうしたらいい?
涙が溢れてきて、ユメは枕に深く深く顔を埋め ……嗚咽した。
だってこの気持ちは、絶対に気付かれちゃいけない気持ちだから……
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