第57話 喫茶「惑星」
このアーケード通りは古くから街の中心にあり、大小様々な商店が立ち並ぶこの街の顔の一つだ。昼間は買い物客で賑わい、夜は飲み屋街としての顔ももっている。
昔の賑わいから比べると寂れつつあるのは古い繁華街の
特にアーケードの本通りから幾つも伸びる細い脇道に入ると、いつから店を開いているのか分からない赤ちょうちんをぶら下げた居酒屋や老舗の小料理屋、小さな雑貨店やレトロな雰囲気の喫茶店などが軒を連ねていて、大人心をくすぐられずにはいられないのだ。
もちろん明らかに如何わしいと思われる店も数えきれない位あるので、場馴れしていないと足を進めるには多少の勇気が必要かもしれない。
黒木紅葉はそんな裏路地を、迷う事なく進んでいく。そしてそのすぐ後ろには、青葉がまるで影の様に続いていた。
高校の制服姿の二人には場違いの雰囲気。完全に浮いていてもおかしくなかったが、不思議と違和感は感じられなかった。それ処か二人がいるだけで、ただ殺伐とした古びた裏路地が雅な古道に見えてしまうから可笑しなものだ。
迷路の様に入り組んだ裏道を暫く進み、紅葉は一軒の喫茶店の扉を開いた。
カランと、如何にも喫茶店の扉を開いた時に鳴る乾いた音が響く。
「あら、いらっしゃい」
カウンターの中には、中年の女性が立っていた。紅葉がよく利用する喫茶店「
「先生、お久しぶりです。ご無沙汰して申し訳ありません」
紅葉は彼女に小さく頭を下げた。何を隠そう店主の
又、その人柄にも定評があり、涼子は個人的な占いでお金を貰う事は無かった。
この店で何か一つ注文して本人の希望があれば、時間の許す限り占いをしているのだ。それは彼女がテレビや雑誌などの占いのコーナーを多く監修していたり、占いの本なども多数出版していたので、それだけでも十分に生活していけるから、と言う理由も勿論あるが、占いは人様の役に立ってこそ価値があり万人に平等でなければならない。という涼子の信念からくる行いなのだろう。
「何を畏まっているの?もう、あなたの方が私より実力は上じゃない」
涼子はにっこりと笑顔を浮かべながらカウンターを出て、紅葉を優しく抱擁した。
「……ちゃんと教えは守っているみたいね、紅葉。あなたの顔を見れば分かるわ」
「はい。人の役に立つ占いを分け隔てなく、ですね?先生の教えは胆に銘じて守っています」
一層素敵な笑顔を向けてくる彼女に紅葉が少し照れ臭そうにはにかんでみせると、その返事を聞いた涼子は満足そうに頷いている。
「忙しそうで、何よりね。あまり優秀な教え子を持った教師は不幸ね。こっちはこの有様よ―― ふふっ、閑古鳥が鳴いてる」
「何、言ってるんですか。先生に比べたら私なんて実力も知名度もまだまだですよ。でも、先生に紹介してもらった雑誌やテレビの仕事のおかげで、何とか部の活動の費用は
「ふふっあなたの占い、ちゃんと観せてもらっているわよ。本当に大したものだわ。
……それより紅葉。あなた暫く見ないうちに随分と綺麗になってなぁい?誰かイイ人でも現れたのかしら? ふふっ隠しても無駄よ。私がそういうの見逃さないって知っているでしょう?」
「ふふっ、先生のご想像にお任せします」
その質問に紅葉がにっこりと微笑むと、
「あら?否定しないのは初めてね。御名答ってところかしら? ……今度、ちゃんと私に逢わせなさい。その男が悪い虫かどうか、しっかり占ってあげる」
「ふふっ、その時は宜しくお願いしますね、先生」
「ふふっ、任せなさい」
笑顔だった涼子の表情は、急に真顔になった。その二人のやり取りは、まるで本当の母子の様だ。
ところで…… と、涼子は青葉に視線を向けた。
「今日は青葉も一緒なのね。いらっしゃい青葉」
涼子の言葉に、青葉がコクリと頷いている。
「あら……?青葉、あなたも綺麗になってない? ……あなた達まさか、姉妹揃って同じ人を好きになんてなっていないでしょうね?」
涼子の言葉に、小首を傾げる青葉。その仕草がおかしかったのか、また涼子の顔が緩んでゆく。
「ふふっ、あなたは相変わらず不思議な子ね。今日はボディーガードのつもりでお姉ちゃんに付いて来たんでしょう?紅葉にボディーガードなんて必要ないのは、あなたが一番知っているでしょうに…… まったく姉妹揃って、心配症なんだから。
……待ち合わせの人なら奥のテーブルで待っているから、しっかりお姉ちゃんを守ってあげるのよ、青葉」
その言葉を受けて、黒木青葉は大きく頷いた。
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