第二章 絆

第39話 ・・ようこそ

 昼過ぎから降り始めた雨は段々と強さを増し、本降りになりつつあった。ユウは傘を差しながらオカルト研究部の部室がある旧部室棟へと向かった。授業が終わってから直に教室を出たので、集合時間の20分前には部室に着きそうだ。


 歩きながら、教室を出る際に目が合った金森いずみを思い出していた。今日の金森はトレードマークのおだんご頭ではなく、昨日と同じくストレートヘアで学校に来ていた。それが相変わらず似合っていたのだ。


 部室棟へ着いて傘を畳みスマホで時間を確認すると、やはり集合時間の20分前。 ……と、金森からSNSが入ってる。

 『初仕事がんば!!』の言葉と共に、親指を立てたキャラクターが添付されていて、思わず笑顔になる。


 『頑張ります!!』ユウはその言葉と共に、敬礼しているキャラクターを添付した。すると、すぐに金森から返信だ。


『今日は美術部に参加していくから、終わったらオカ研に寄るね。もし先に終わったら、待ってて……』


 『了解』そう返信して、ユウは不思議な気持ちになった。思えば金森と親しく話す間柄になってから、数日しか経っていない。出会ったのは2カ月程前だが、その間は殆ど話すことはなかったのだ。なのに、彼女とはずっと前から親しくしていたかの様な感覚があった。自然と相手がそう感じてしまうところが、きっと彼女の持っている人間的な魅力の一つなのだ。

 

 雨空のせいで薄暗く感じる廊下を抜け部室に着くと、部屋の鍵はまだ閉まっていた。仕方ないので入口の壁に寄り掛かって、しばらく待つことにする。もう他の部活は活動が始まっているのか、旧部室棟の中は他の部屋から聞こえてくる笑い声や話し合う声、上の階の足音などで相変わらずの活気だ。


「あら、早いのね。やる気があって感心……」


棟の入口の方から、彼女の声が聞こえた。


「お疲れ様です、先生」


「待たせたかしら?直ぐに鍵を開けるわね」


「いえ。今、来たところです。今日から宜しくお願いします」


 ペコリと頭を下げると、彼女の嬉しそうな声が返ってくる。


「ふふっ、こちらこそ宜しくね如月君。こんな誰もいない処で一人で待たせてしまって御免なさい。今日、合鍵を渡しておくわね」


「はい、ありがとうございます。でも、ここは賑やかだから寂しくはないですよ。

この前、来た時もそうでしたけど意外とこの建物を使っている部活は多いんですね」


 その言葉に、鍵を開けていた紅葉の手が止まった。そしてユウをじっと見つめてきた彼女は、信じられない言葉を言ったのだ。


「……如月君。この棟を使っているのは、私達と映像研究会だけよ。映像研究会は最近は活動していないから、私達以外は誰もこの棟を使っていないわ」


「え?だって上の階から、話し声や足音が聞こえてるじゃないですか?」


 何を言っているんだ、この人は……? こんなにガヤガヤと騒がしいのに、誰も使っていないわけないじゃないか。


 しかし暫く黙ったまま瞼を閉じていた紅葉は、それを開くとこう言った。


「……私には何も聞こえない。昨日のイヌさんの事といい、貴方もしかして妹と同じで共感覚を持っているんじゃない?」


 今の彼女の言い方は疑問というより、確認したという感じだった。


「俺が?共感覚を……?先生は俺に霊感があるって言うんですか?でも霊を視たことなんてありませんよ、俺?」


「貴方が霊だって気が付いていないだけかもしれないわ。だって今も私には何も聞こえないもの。今、この建物にいるのは間違いなく、私達二人だけよ如月君……」


「……先生、何言ってるんです?聞こえてるじゃないですか!話し声や笑い声!」


しかし彼女は首を横に振り、腕時計を確認した。


「まだ、約束まで時間がある。貴方が納得出来るように、確認に行きましょうか?」


 頷き、無言のまま二人で階段を上がっていく。そしてユウは、二階に着くと早速左右を見渡した。先程の喧騒が嘘の様に静まり返っている二階を、だ。


 

 ……誰も、居なかった。


「……嘘、だろ?さっきまで、あんなに騒がしかったのに…」


 気が付くと、ユウは薄暗い廊下を駆け出していた。そして片っ端から扉を開いていく。中には鍵が掛かっている部屋もあったが、扉が開いた部屋はどれも空室で誰の一人も居やしなかった。それどころか綺麗に片づけられた部屋の中は明かりの一つも灯っておらず、荷物一つ有りはしなかったのだ。

 ユウはそのままの勢いで三階へと駆け上がっていった。だがやはり、三階も同じだった。


 息を切らして廊下で立ち尽くしているユウに、紅葉がゆっくりと近付いてきた。


「……気は済んだかしら?まだ何か聞こえる?」


 いいや… 静まり返った廊下には自分の呼吸以外、もう何一つ音は聞こえない。首を横に振ってから、ユウはその質問に答えた。


「何も聞こえません。…先生、俺は何を聞いていたんでしょうか?」


「分からないわ。でも、この建物には歴史とも言える長い物語があるの。きっと、その記憶が貴方には聞こえたのかもしれないわね」


「この建物の記憶、ですか…?」


 不思議と恐怖は感じなかった。きっとこの建物は、ずっと部活動に勤しむ学生達を見守ってきたのだ。


「ええ。貴方は、この建物に気に入られたみたいね。きっと自分の記憶を貴方に聞かせたくなったのよ。ふふっ、ちょっとロマンチックな考察かしら?」


 微笑を浮かべながら、彼女が優しく壁を撫でる。


 ……そうか、宜しくな。


 心の中で建物に語り掛けながら、ユウの中でこの建物と金森と観たポプラの木が重なっていった。どちらも、同じ位に温かい存在に感じたのだ。



「……全員、揃ったみたいね。そろそろ約束の時間だから、部室に行きましょうか」


 紅葉の声に振り向くと、いつの間にか青葉が二階へと続く階段の前に立っていた。



 何もかもを見通しているかのようなその視線が、ユウをじっと見つめている。


 そして……


 彼女のその黒瞳は、ユウに無言でこう語りかけてきた。



 ……ようこそ、この世界へ。



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