46. 映画祭

 私たちの映画がロマンドール国際映画祭の外国語映画賞にノミネートされたことを知ったのは、動画をアップロードした3ヶ月後の7月のことだった。授賞式の前日私たちは飛行機でスペインへ向かった。


 スペインの地へ降り立ったとき、祖父が嗅いでいたであろう風の匂いや浴びていたであろう熱い太陽の光、聴いていたであろう人々の明るい笑い声を一身に感じて、なんともいえない晴れやかで感慨深い気持ちになった。ここに来るまで色んなことがあった。何度も絶望し挫折しかけたり、世の中が嫌になったり人に失望したりもした。だけどそんな経験を潜り抜けてできた映画は誇れるものだし、これまでやってきたことはこの地と私とを繋ぐ意味のあることだったのだと感じた。


「俺たちはよくやった。もう死んでもいいくらいにやり切った」


 式の直前会場であるのロマンドール会館の前でタケオが言った。彼の棒読み演技は最後まで治らなかったが、動画のコメント欄を読む限りではかえってそれがウケていたらしかった。


「まさかダンスのコーチすることになるとは思わなかったけど」


ニコルが苦笑いを浮かべた。


「あのスパルタ指導のせいであなたが夢にまで出てきた。もう出てこないでね、頼むから」


 悪夢のせいで寝不足気味だった私の心からの懇願に、ニコルは不愉快そうに顔を顰めた。その隣のジョーダンはハンカチを目に当てて涙を拭っている。


「本当にみんなよくやったわ、私の愛する子供たち……」


「お前の子供じゃないけどな」


 タケオが冷静にツッコミを入れる。


「私もこの作品に参加できて良かった。こんなな伸び伸び仕事したのはいつぶりかしらね。辛いことがあって落ち込んでいたのもこの仕事の間は忘れていられたし、本当に心から楽しかったわ」


 ルーシーは目を潤ませている。


「私もこんな色んな意味で印象に残る作品もう二度と出られないと思うし、絶対、一生忘れないと思う」


 私は言った。ありがとうと言う代わりに、ずっと支え合ってきた仲間たちにこの気持ちを伝えたかった。


「本当に皆よくやったよ。監督仲間には最初の映画がバズる訳ないって言われたし、酷評する奴もいた。だけど俺はやれるって思ってたぜ、だってお前たちだし、俺がメガホン取ったんだし旦那の脚本だしな。ラストも最高だったし……色んな人に映画を観て笑ってもらえて、ついでに感動まで与えられた。俺はもう後悔はない」


 鼻を啜り感慨深げに語るチャドの隣でルーカスも目を潤ませている。


 こんな風に何か一つのことをやり遂げたと思えたのは生まれて初めてだった。ここまで来たからにはトロフィーを獲りたかった。正確にいえばチャドの手にトロフィーを握らせたかった。海を渡り苦労して監督になった彼がようやく指揮をとった作品で栄誉に輝くのなら、私だって皆だって取り組んだ甲斐があったというものだ。だがこの際結果よりもこの清々しいほどの達成感が大きな勲章に思えた。


 午前10時から式が始まる。スペインの超有名な俳優や女優、歌手、モデルなどがカードを持って壇上に立ち受賞俳優や作品の名前を読み上げていく。司会者の言っていることや受賞者が涙ながらにするスピーチはスペイン語で何を言っているか分からなかったが、会場の空気と受賞者の感情に呑まれて何度も泣きそうになった。


 そうこうするうちに遂に外国語映画賞の発表の時がやってきた。


 私たちの制作した映画のタイトル『リンク』が読み上げられた時、私たち役者とチャドとルーカス、ルーシーとジョーダン、その他スタッフの面々は歓声を上げて立ち上がり互いに抱き合って喜びを分かち合った。


 舞台の上で銀色の猫のトロフィーを手にしたチャドは号泣していた。チャドは涙を何度も拭い声を震わせながらスペイン語でスピーチをした。


「俺はスペインから英国に渡った移民で、これまで沢山辛い思いをした。監督になるという子どものときからの夢を叶えるために必死で頑張ったが一筋縄ではいかなかった。そんなとき俺を励ましたのは今は亡き友達のーーパウロの背中だった。彼は俺と同じスペインの移民で、数え切れない苦難を乗り越えてホテルの最高責任者にまでなった。彼の姿を見ていたから俺もここまで頑張れたんだ。お陰で夢を叶えられた。ある監督にはクソ映画だとか言われたが、そんなことねぇぞ!幸せすぎて死んじまいそうだ! 俳優もスタッフもダンサーの一般人たちも皆最高な奴らばっかだ! 本当にありがとう! このトロフィーはパウロと、俺を支えてくれた関係者全員に送る!!」


 チャドは自分の左の手にキスをし、トロフィーを持った右手と左手を天に掲げてみせた。客席から観ていた私たちも感極まってもらい泣きした。祖父の名前が出てきた時点でもう私の涙腺は決壊していた。こんなに胸が温かくいっぱいになる受賞式は後にも先にもないだろうと思った。


 私の隣のタケオは涙と鼻水を垂らしまくって大声で泣いていた。後から聞いたところによると題名を呼ばれて勢いよく立ち上がったときに、ポケットに入れていた新品のスマートフォンを床に落とし画面が割れてしまったのだという。

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