32. 破滅のカード

 高校時代、ブルーベルが不良の男子に迫られたことがあった。その不良がまた執拗で、ブルーベルが自分に振り向かないと知ると卑劣なやり方でアプローチを仕掛けようと試みた。


 彼は学校裏にルーシーを呼び出して、自分のことをブルーベルに良い奴だと伝えろと命令した。出来る限り大切なブルーベルと不良の接触を避けたかったルーシーは、そんなことは御免だと断るった。すると相手は、お前の大切なブルーベルにおかしなことをしてやるなどと脅しをかけてきた。しまいにはルーシーの友人のカレンを自分の家に人質に取り、ブルーベルを会いに来させろなどと脅迫の電話を送る始末。このときカレンは不良が目を離した隙に手脚の拘束を解いて裏口から逃げたが、この件をきっかけにルーシーは本格的な命の危機すらおぼえるようになった。自分だけではなくブルーベルとカレンに危険が及ぶことは、何としても回避したかった。


 ルーシーは友人のカレンと共謀して不良をおかしな方法で脅かすことにした。2人は架空の秘密結社を名乗って、それらしい暗号とおどろおどろしいイラストの入ったカードを作成した。最後定規とペンを使って気味の悪いほど真っ直ぐで角張った文字で裏にメッセージを添え、彼のロッカーに入れた。




『ブルーベルにしつこくつきまとうと、お前は死ぬ』



 

 昼休み不良の様子を陰から覗いていたカレンが言うには、彼はロッカーを開けてカードを手に取って読むなり真っ青な顔で辺りを見回したあと、慌ててそれをポケットに突っ込みどこかへ走り去ったそうだ。その日の不良は午後の授業をサボり、その後何日か学校を休んだ。彼は陰謀論や都市伝説などに目がないどころかそれらを丸々信じ切ってしまうオカルト頭の不良だということを、小学校からの同級生であるカレンはよく知っていたのだ。


 以降不良はブルーベルに接触することを諦め、むしろ恐ろしげに避けるようになったという。


 こうしてルーシーは、大切なブルーベルが愚かな男の手によって傷つく様を目の当たりにせずに済んだのだった。



「それって良い悪戯だよね」


 ルーシーが完全に話し終わるのを待って端的に感想を述べた。


「にしても、友達を人質に取るとかイカれてるわ」とミアが顔を顰め、「本当ね、酷い話だわ」とクレアが同意する。


 ルーシーがどれだけブルーベルのことを大切に思っているか、ブルーベルは知っているのだろうか。幼馴染が自分のことを想って泣いているなどと知ったら、彼女は罪の意識に苛まれるかもしれない。だがどうしても知って欲しかった。ルーシーはブルーベルが思っている以上に、彼女のことを深く愛しているということを。


「次はあなたの番よ、リオ」


 ルーシーの台詞の直後に私のスマートフォンが鳴った。ウミからの着信だった。彼女が自分から連絡をしてくるなんて滅多にないことだ。何かあったんだろうか。


「もしもし?」


 寝室に移動し電話に出ると、久しぶりに聴くウミの声が耳に飛び込んできた。


『ああ、リオ。何してる?』


 普段話しているときとも違い、ウミの声は電話だとまるで少年のように聴こえる。


「友達とサウザンプトンのホテルに友達と来てる」


『そっか。明日空いてる?』


「午後なら」


『良かったら家に遊びに来ない? GS5買ったんだよね〜』


「マジ!?」


『マジ。1ヶ月前からネット予約して買ったわ』


 GS5とは、"Game Station"という大人気のゲーム機のことだ。ウミは私が無類のゲーム好きだということを知っている。彼女の家にもゲームが沢山あると、前にコミックカフェで話したときに言っていた。


「ソフトは?」


『グランド・テイル4』


 最高精度のグラフィックを誇るRPGのグランド・テイルは、徹夜でやり込むくらい好きなゲームだ。ウミと私はゲームの趣味まで似ているらしい。


「絶対行くわ」


『楽しみにしてる。じゃあ』


 電話を切って隣の部屋に戻ると、3人が一斉に何か問いたげな視線を送ってきた。


「誰から?」


 先陣を切って質問をしてきたのはミアだ。


「ウミだけど」


 3人は同時に顔を見合わせた。


「ウミって……Umi?」


 ルーシーが口に右手を当てる。


「そうだよ」


「いつの間に友達になったの?」


 クレアが尋ねる。


「ミシェルに誘われて彼女の家のパーティーに行ったときに、ちょっと話したの。それから」


「ウミってすごい連絡不精で有名らしいよ。私の女優仲間が何人かウミと友達になりたくて連絡取り合ってたけど、メールもほとんど返さないし電話にも出ないんだって。返ってきたとしても一言二言で、全く人に興味がなさそうってみんな口を揃えて言ってた」


 子役の頃から活躍しているミアには女優だけでなく歌手やモデルといった友人が多く、しょっちゅう色んな芸能人と遊んでいる。この界隈の情報に広く通じている彼女は色んな話題を提供してくれる。


「ってことは、リオにはかなり興味を持ってるってことよね?」とルーシーが意味深に笑い、「もしかしたら好きだったりしてね?」とミアが冷やかしてくる。


「ないない。そういうんじゃないから」


 私とウミはお互いにしか理解できない感覚を共有し合っている、いわば同志のようなものだ。彼女が前に会ったときに発した意味ありげな台詞にしても、時間が経つに連れ、信頼している友人に対してかけた何の変哲もない言葉なのだと思えてきた。それを深読みすることは、私を数少ない仲間と認識してくれているウミに対して申し訳ないような気さえする。


「あなたのことを人として好きなのは確かね」


 クレアはそう言って微笑んだ。結局その夜はウミからの電話のお陰で私の独白のことなど誰の頭にもなくなってしまったために、クッションゲームはいつの間にかお開きになり、皆各々の部屋に戻り眠りについた。

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