17. 水餃子

 ルーシーから恋愛相談を受けたのは、茹だるような暑さが続いていた8月半ばのことだった。彼女は私を駅前にある中華料理店に呼び出した。ルーシーはルースー飯を、私は水餃子と炒飯のセットを注文した。料理が来るのを待っていると友人は神妙な顔で切り出した。


「リオ、これを聞いたら驚くかもしれないんだけど……。私の好きな人はブルーベルなの」


「うん、知ってる。それで?」


 あっけらかんと答えた私に、相当の覚悟と勇気をもって告白したであろうルーシーは拍子抜けした様子だ。


「気づいてたの?」


「うん」


「いつから?」


「ブルーベルが差し入れ持ってきた時から」


「どうして分かったの?」


「勘?」


「バレてたかぁ……」


 恥ずかしさのためか顔を両手で覆うルーシーに疑問を投げかける。


「気持ちを伝えたことは一度もないの?」


「うん。伝えようと思ったことは何度もあるんだけど、言うことで関係が拗れて気まずくなるくらいなら、ずっと友達でいたほうがいいかなって思ったりもして」


 もし悩めるルーシーの気持ちが私に理解できたなら、ここで気の利いたアドバイスの1つや2つできるのかもしれないが、そもそも恋をしたことすらない私には悩んでいる友人にかける適切な言葉が見つからない。


「だけどあなたたちは、そんなに簡単に切れる仲じゃないでしょ?」


 頭に浮かんだ問いをそのまま口にすると、ルーシーはそうね、とやや複雑そうな顔のまま小さく頷いた。


「だけど、ブルーベルは凄く繊細な子だから……。伝えたら、私の気持ちを必要以上に重く捉えるんじゃないかって思うの」


「確かに……。デリケートそうな子だもんね」


 この間撮影場所を訪れたときの時折周囲を気にするような視線の泳がせ方、私と喋っているときに見せる相手の顔色を窺うような表情からも、ブルーベルの人一倍デリケートな性質が見てとれた。


「そうなの。凄く繊細で傷つきやすい子で……。小さい頃は、近所の子に虐められて泣いてるのをよく助けたものだわ」


 ルーシーは遠い昔を懐かしむかのように、その灰色がかった茶色の目を細めた。ルーシーとブルーベルの間には、幼い頃からお互いを知っている人同士に特有の深い理解と強い絆がある。長い付き合いの友人がいない私にとっては、その関係が少し羨ましくもあった。


「あなたが伝えたくなったタイミングで伝えるのが一番いいんじゃないかな? そのときは気まずくなったとしても、いずれは元に戻ると思う。きっとあなたたちなら」

 

 まるで外国語の授業で習う定型文のようだ。気持ちが伝えられずに悩んでいるルーシーに対して、何の慰めにもならないような自分のアドバイスに嫌気が差す。


 きっとルーシーは優し過ぎるのだ。だから相手の気持ちを考え過ぎて行動に移せない。相手を思うがゆえ恋心を伝えられないもどかしさや苦しさは、私には到底理解できない。それでもルーシーが一歩を踏み出せるような、勇気を与えられるような一言を私が持っていたらいいのに。


 そんな思考を振り払うように、運ばれてきた水餃子と炒飯を口いっぱいに頬張った。

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