15. 電車はGO

 リビングで『ダンシング・クイーン』というリズムゲームで遊んでいるペンとポニーを呼び、3人で焼きあがった生地にチーズを塗ってウィンナーを乗せてケチャップをかけた。おぼつかない手つきだったが、流し台で作業をするには背丈の足りない2人は交代で踏み台に乗って、わくわくした様子で手伝ってくれた。


 生地の上に乗った調味料のたっぷりかけられたウィンナーをもう1枚の生地で挟んだ代物を、3人でコップに注がれたジュースと一緒にダイニングテーブルに持って行き、同時にかぶりついた。


「うん、案外イケる」


 他の2人も口をもぐもぐと動かしながら同時に右の拳を突き出し、親指を上げた。ここまでは至って順調だったのだが、ベンがポニーの飲んでいるリンゴジュースを勝手に飲んだことがきっかけで口論が勃発し、遂には取っ組み合いの喧嘩を始めてしまった。


「レフェリーストップ!!」


 泣き叫ぶ妹のポニーに馬乗りになっているベンを引き剥がし、世界で2人きりの兄妹なのだから仲良くするようにと諭すも、彼らの機嫌は悪くなるばかりだ。


 子どもの機嫌を直すには遊びが1番効果的だ。私は2人にある提案をした。


「分かった、お店屋さんごっこをしよう」


 するとさっきまでむくれていたベンが「何のお店?」と興味深々で尋ねる。


「何のお店がいい?」


 聞き返すと、先ほどまで泣いていたポニーが少し笑顔になって「宝石屋さん!」と手を挙げる。するとすかさずベンが反論する。


「嫌だ!! 電車屋さんがいい!!」


「何だ電車屋って」


 ベンのたどたどしい説明から推察するに電車屋=時々見かける、電車の中で飲食物の移動販売をしている人のことらしい。よりによって何でそんなニッチなシチュエーションの店を選んだのかが謎だ。いやはや、子どもというのはユニークな生き物だ。


「じゃあ、電車で宝石を売るってことにしない?」


 本当に電車に宝石売りなどが潜んでいたとしたら詐欺師臭がプンプンするであろうが、これはただのままごとだ。細かな設定やリアリティなど必要ない。そう思っていたのだが……。


「電車で宝石なんて売らないわ!」


 ポニーは案外現実的であった。子どもの遊びに過ぎないとタカを括っていた私が馬鹿だった。


「そうだ、ジュースを売ることにしよう」


 ベンとポニーはこの提案には素直に頷いた。ポニーが間もなく売り子が使うカートの代わりに、ままごと用の黒い車輪のついたプラスチックのカラフルなお買い物カートを部屋から引きずってきた。2人は示し合わせたようにキッチンの冷蔵庫に駆け寄ると、缶のコーラ、オレンジジュース、ペットボトルの水や紫色の怪しいドリンクを取り出してきてカゴの中に放り込んだ。しかしここでもまた問題が起こった。最初の売り子を誰にするかでまた2人が揉め始めたのだ。


「とりあえずじゃんけんで決めなよ」


 また殴り合いが起きることはどうしても避けたかったので止むを得ず指示すると、2人はそれに素直に従って3回勝負のジャンケンを始めた。結局勝ったポニーが最初に売り子をすることになり、ベンと私はお客さんという設定になった。軽く廊下を片付けたあとで、私とベンはダイニングテーブルの前の椅子を廊下に持って行き壁際に並べて置いて腰掛けると、電車のボックス席に親子で座っている体で、子供部屋に待機した小さな売り子がやってくるのを待った。


「美味しいジュースはいかがですか〜。安いよ〜、安いよ〜」


 ポニーは小さなカートを押しながらまるで市場の売り子のように私たちの前までやってくる。私がわざと「グレープジュースをください」と言ってみたところ、ポニーは少し困った顔をしたあとで、「すみません。グレープはないんですが、代わりにオレンジジュースはいかがですか?」と訊いてくる。私が答える前にベンが手を上げて「酒!!」と叫ぶものだから、思わず椅子から滑り落ちそうになった。そもそもの設定からして間違えている。


 「ベン……子供はお酒は飲めないから、代わりにジュースを……」


 そう言って困惑した様子のポニーをフォローしようとするも、ベンは全く応じない。


「酒だ、酒!! 酒をよこせ!!」


 これでは完全に酔っぱらいのおやじである。きっとこの子の将来はキングオブ飲兵衛に違いない。


「オレンジジュースください」


 完全に迷惑な乗客と化しているベンを尻目に強行突破でオレンジジュースを入手した私は、持っていたおもちゃのお金をポニーの小さな手のひらに乗せた。


「ありがとう、可愛い売り子さん」


 そう声をかけた後でポニーの頭を優しく撫でると、彼女は満足そうに微笑んで、スカートの片方の裾を指で持ち上げて礼をした。

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