8. 2人の次世代アイコン

  ブルーベルという歌手の名がイギリス全土に広まったのは、ちょうど去年の今頃のことだ。彼女が自分の部屋で弾き語りをする "Wild Flower" という曲の動画がウミの手によってSNSで拡散されてからというものその人気に火がつき、YouTubeでの動画の再生回数は1週間で1億回を突破した。その斬新かつ圧倒的なソングライティング能力で次々と大ヒット曲を出しアイコニックな存在と化した"Umi"と、ノスタルジックで切ない曲調のバラードを天使のような繊細で透き通った歌声で伸びやかに歌い上げる "Blue-bell" の2人は、今やイギリスのみならず世界を代表する若手アーティストとなっており、彼女たちの曲を街中で聴かない日はないくらいの人気ぶりだ。


 そんなブルーベルと初めて会ったのはウミのパーティーに行った10日後のことだった。私はそのときドラマの撮影場所である工場跡地で、ケイシーからインスタグラムにアップした私服についてのダメ出しを受けていた。


 ブルーベルは、幼馴染であるメイクアップアーティストのルーシーに差し入れのお菓子を持ってきたらしい。麦わら帽子風のツバの大きなハットを被り白の小花柄のワンピースを着たブルーベルは、動画で観るより小柄で可愛いらしかった。麦わら帽から覗くややウェーブのかかった猫っ毛の赤毛と笑った時にのぞく八重歯、口の端に浮かぶえくぼが少女っぽさを強調している。俳優や女優、スタッフたちからの視線を一挙に浴びたブルーベルは、初対面の相手に話しかけられるたびに頬をわずかに紅潮させ、緊張した様子でありながらも屈託のない笑顔で応じていた。


「やっぱ可愛いね、ブルーベル」


 私は他の女優たちと談笑するブルーベルを見つめながら、隣のルーシーに声をかけた。栗色のショートヘアで巻き毛のルーシーは、ブラウングレーの優しげな目を幼馴染に向けている。


「そうでしょう? 彼女は昔からシャイで、自分から積極的に人と関わることが少なかったの。小学校、中学校とほとんど学校に行っていなかったんだけど、音楽を本格的に始めて、歌手として有名になってからは随分成長したわ」


 ルーシーは幼馴染の人としての進歩を、まるで母親のように感慨深げに振り返っている。

 

 デビューしたての頃、ブルーベルが人前で歌を歌うことは滅多になかった。彼女の活動場所は主にYouTubeとSNSで、作詞とピアノでの作曲は基本的にブルーベルがやるが、ブルーベルと同じ音楽学校に通う友人のウミが、彼女の動画配信や音楽活動などを大々的にサポートしているという話だった。


 ブルーベルの姿を初めて公共の電波放送で目にしたのは、年末に行われたグラミー賞の授賞式のことだった。彼女は主要6部門にノミネートされ、そのうちの最優秀新人賞と最優秀楽曲賞を受賞した。それからの活躍もめざましいもので、ウミと同じく発表する曲のほとんどがビルボードやiTunesの音楽チャートで1位を獲得した。


 同い年だがドラマの端役でしかない私とは対照的なシンデレラストーリーを歩むブルーベルに、憧れとともに一種の嫉妬にも似た感情を抱いていた。彼女に比べて私はなんて平凡なのだろう。何故神様は私に、彼女やウミやミシェルやクレアの持つような特別な才能を与えてくれなかったのだろう。そもそも演技の道へ進むのが遅すぎたのだ。高校の演劇科の仲間たちにも陰で『ポンコツ大根』と呼ばれるほどの才能のない私が何故学校に受かったのか、そしてこのドラマに出演することが出来たのかが分からない。


 何より、無表情というのは感情表現をしなくてはならない女優にとって致命的だ。スタッフの誰かが言っていたという『のっぺらぼう』という言葉が、時間を経るごとに絶大なインパクトを持って心に重くのしかかってくる。ニコルは目論見通り、私のただでさえ少ない自尊心を削ぎ落とすことに成功したのだ。


「私も成長しなきゃな、女優として」


 誰にともなくつぶやいたあとで、私は突然頭に浮かんだ過去のあるエピソードをルーシーに話したくなった。

 

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