お花畑転生娘とよみがえる前世の記憶 その一

 マリーローズが立ち去った後、ミラは寝台に腰かけたまましょんぼりとうなだれて今までの事を思い返した。目を閉じると、幼い頃の光景がありありとよみがえってくる。


 前世の記憶が戻った、というよりは意識が目覚めたのは十歳ごろだっただろうか。ゲーム開始の五年前で、まだ孤児院で暮らしていた。そのせいか、物心つく前の記憶はおぼろげだ。


 でも、その方がいい。現代日本で生まれ育った女子高生の記憶と精神が戻ったミラにとって、この世界の庶民の……それも孤児の生活など、とても耐えられるものではないのだから。


 衣、食、住。

 どれをとっても豊かで平和な日本で生まれ育った普通の女子高生には想像もつかないほど不便で貧しい。

 いや、常に周囲にチヤホヤされ、自分は特別だと信じて疑わない「学校の女王」だった美蘭ミラにとっては、「当たり前」だと思っていたものが何一つ手に入らない……ほんの些細なものですら「とんでもない贅沢」とされてしまうものだった。


「スマホもカラオケもカフェもない。こんな生活もうイヤ……」


 なぜ女神に選ばれた特別な存在のはずのこの自分が、こんなに惨めな暮らしを送らなければならないんだろう。

 何度も一人で涙を流しては、ほんの数年後に控えている「この世界のヒロイン」としての栄光の日々を思って耐え忍んでいたのだ。


 その日も孤児院の仲間といつものように近所の農家で落穂を拾っていた。


(こんなの必死に拾ったところで、腹がふくれるほど食べられるわけじゃないのに……)


 内心で毒づくが、幼いころからの習慣で身体は勝手にきびきびと動く。刈り入れの終わったばかりの麦畑にかがみこみ、畝の間に落ちている穂を一つ一つ丁寧に広げたエプロンの中に拾い上げる。エプロンがいっぱいになると、荷車に置いたカゴの中にざぁっとぶちまけて、また畑にはいつくばるのだ。


 刈り残しの麦わらをよりわけ続け、爪の間に真っ黒な土がぎっしりと入り込んで痛みすら感じるようになったころ。ようやくカゴがいっぱいになって、仲間たちと重い荷車を押しながら孤児院へと向かうデコボコ道をのろのろと進み始めた。埃っぽい空気に肺までドロドロになった気分になりながら、全身の体重を使って荷車を押していく。

 そこへガタガタという音と地響きがして思わず身をすくめると、勢いよく馬車が迫ってきた。決して華美ではないが、しっかりした作りで花の形の家紋をかたどった装飾がなされている。


(あんなに急いで、どこのお貴族様だろう?)


 慌てて荷車を押しながら道の端に避難しようとするが、古い荷車は車輪がきしんで思うようには動かない。焦って体当たりするような勢いで力いっぱい押しやると、荷車がごろりと横転してしまった。やせ細った子供の体格では、とうてい立て直せない。


 間近に迫る轟音にただ身を固くして震えていると、急速にスピードを落とした馬車が自分たちの手前でぴたりと止まった。


「何をしているんだ、このガキども!! これでは馬車が通れんじゃないか!!」


(ぶたれる!)


 ムチを片手に降りてきた御者が怒鳴りつけると恐ろしさに身が縮んだ。しかし、不安げにしがみついてくる幼い仲間を放り出すわけにもいかない。年下の子供たちをぎゅうっと抱きしめて固く目をつぶって衝撃に備えた。


 しかし、覚悟していた痛みはいつまで経ってもやって来ない。その代わりに訪れたのは、やや幼さは残るものの、鈴を振るように澄んだ高く美しい声だった。

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