死神姉妹は斬首刀と踊る
歌川ピロシキ
結審
大法廷
「なんでこのあたしがこんな目に……?」
神聖にして厳粛なはずの法廷で一人の女が泣き崩れた。特徴的なピンクの髪は全く手入れがなされずボサボサで、持ち主のむせび泣く声に合わせてゆうらり揺れるさまが幽鬼のよう。
「あたしは女神さまに頼まれて、この世界を救うためにやってきてあげたのに……あたしこそが創世の女神イシュチェル様に選ばれた聖女なのに……」
切々とこぼされる言葉には妄執がにじんでおり、決して大きな声ではないにもかかわらず、聞くものの背筋を凍らせる。
「 唯一無二のこの世のヒロインとして、あんたたちみんなが願った通りにあのクソ貴族が好き勝手してるクソな世の中ぶっつぶして、新しい時代ってやつを作ってやったのに……」
穴の開いた麻袋と大差ないような粗末な囚人服を着せられ、髪にも肌にも艶がなくガサガサしている。ぶつぶつと繰り言を吐き出し続ける唇は、ひびわれかさついて血がにじんで痛々しい。
ぜぇぜぇと荒い息を吐きながら大きく顔を歪めている。もしかするとどこか痛むのかもしれない。尋問のためにさんざん痛めつけられた彼女の身体は、傍聴席から見てもわかるほどに全身傷だらけだ。
その惨めな姿には、かつて「癒しの聖女」「救国の乙女」と称えられた愛らしい
「それなのにこんな扱い……天罰が下るわよ。 かつて偉大なる創世の女神イシュチェルが、信仰を忘れて享楽にふける人々を罰するために起こした大洪水みたいに!」
「馬鹿馬鹿しい。
うわごとのようにつぶやかれる呪詛を検察官が呆れた口調で否定する。
「ふふ、洪水で滅ぼさないと誓ったところで別の災害を起こさないとは言ってないでしょ。さぁ、お次は星が降るのか地が裂けるのか。あんたたちにどんな天罰が下るのかしら?」
どこか諦めたような、透き通った微笑を浮かべて並べる不吉な言葉たち。それらはまるで呪いのように法廷につめかけた人々の心をじわりじわりと
「被告人は静粛に」
その場に広がった不穏な空気を振り払うように、裁判長が
「小役人の分際で何を言っているのかしら? さんざん持ち上げて利用しておいて、あたしが苦労して特権階級引きずり降ろしてやったら、今度はくるっと手の平返して犯罪者扱い……結局、あんたたちもあの腐れ貴族どもと一緒ね」
「静粛に」
「いいえ、黙らない。あんたたちは自分が権力を握りたいだけ、うまい汁を吸いたいだけ。自由とか平等とか、えらそうな言葉はうわべだけ。今だって食糧不足で苦しんでる人たちが大勢いるっていうのに、そんなのおかまいなしに仲間うちの権力の奪いあいに必死じゃない」
「静粛に!!」
裁判長に再三にわたって注意されるも黙らず彼らの非をあげつらい続けた彼女は、ついには看守に
「判決を申し渡す。被告人ミラ・イリス・ローランドは有罪。六月最初の日曜日に斬首刑とする。」
傍聴席から湧き上がる歓声と拍手。
被告人ただ一人は納得が行かぬ様子で猛烈にもがき暴れるが、屈強な看守たちに引きずられて法廷から連れ出された。
「やれやれ。あれほどに人々から愛され
「さんざん国をひっかきまわしやがって。ようやくあのアバズレの気まぐれで殺されたお嬢様方の仇がとれる」
傍聴席と当事者席の境となる柵を警護していた二人の衛兵は顔を見合わせて微笑みあった。
ようやく「聖女」の名を
みな一様に晴れ晴れとした表情で法廷を後にしたのだった。
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