第44話 最後はママから
緑色に輝く巨大な月の光を浴びながら、巨大なドラゴンとなったルーが夜空をかなりの速度で飛ぶ。
「……それにしても、驚きました」
メルのお守りのゴーグルを外しながら、ノインが眼下で物凄い速度で流れる雲を見ながら話す。
「飛び立った時は目も開けられないほどの強風だったのに、今はこんなに凄い速度で飛んでいるのに、まるで風を感じないのですね」
「そこはボクとルー姉が、風から身を守る結界を二重で張ってるからね。だからそのゴーグルが必要なのは、最初だけなんだ」
ノインからゴーグルを受け取ったメルは、丁重に自分のカバンの中にしまう。
「そういえばメルさん、ご自身の荷物、持って来たんですね」
実は物見の間から飛び立ち、聖王都エーリアスから出る前、メルはルーに頼んで一度下に降りて、自分の荷物を持ってきていた。
その中にはメル愛用の調理器具から異世界の調味料まで、主に彼女が料理をするために必要な道具が入っている。
カバンにぶら下がったフライパンを見たノインは、気になったことをメルに尋ねる。
「もしかしてですけど、向こうで料理をするつもりですか?」
「うん、アポルなんてとっても珍しくて、現地でしか食せない食材があるなら、何か作ってみたいのが料理人の性でしょ?」
「は、はぁ……」
メルは料理人ではなく、巡礼の魔法使いなのでは? と思うノインであったが、恩人である彼女にそんな無粋なことは言えない。
「あっ、そうだ」
そんなノインの気遣いに気付くことなく、何かを思い出したメルはカバンの中をガサゴソと漁って小さな袋を取り出す。
「実はおやつ用に買っておいたクッキーがあるんだけど、よかったら食べない?」
そう言って袋を開けると、かつてネージュから貰ったものと同じ、バラの花びらが入ったクッキーが入っていた。
「まだ休むわけにはいかないから、これで少しでも糖分と塩分補給をしておこう」
「わぁ、ありがとうございます」
お腹いっぱいになれば眠気が襲いかかってくるかもしれないが、小腹を満たすぐらいなら問題ないと、ノインは嬉々としてクッキーへと手を伸ばして口へと放り込む。
「う~ん、この甘さと程よい塩気がいいですね」
「うん、ある人から紹介してもらったんだけど、それ以来、ボクも気に入って何回か買って食べてるんだ」
二つほどクッキーを摘んで食べたメルは、ノインの隣のフェーにもクッキーを差し出す。
「ほら、フェーちゃんも食べよ。甘いよ」
「…………」
クッキーを口元へと差し出すが、何故かフェーは顔を背けて食べようとはしない。
「フェーちゃん?」
「フェーちゃん、ほら、メルさんがクッキーくれるってさ」
ノインもフェーへとクッキーを勧めるが、どうしてかオレンジ色になった巨大な鳥は食べようとしない。
「もしかして、皆から言われたことを気にしてるの?」
これまで散々色んな人から見た目のことを指摘されたフェーは、自分の体形のことを気にしているのかもしれない。
人の言葉を直接理解していることはないだろうが、それでも感受性豊かなフェーのことだから、相手の表情やニュアンスから言われたことに気付き、人ならぬ鳥知れず傷付いてしまったのかもしれない。
そう判断したメルは、フェーの正面へと移動すると、つぶらな瞳に向かって優しく話しかける。
「人に何を言われても、フェーちゃんはフェーちゃんだよ。ボクはフェーちゃんはとっても愛らしくて綺麗だと思ってるし、おいしいものをたくさん食べているフェーちゃんは、きっと今までのどのフエゴ様より立派で、素敵なフエゴ様になると思ってるよ」
「ピピィ……」
するとメルの想いが伝わったのか、フェーは顔を上げて少女の顔に嬉しそうに頬擦りをする。
「ピィ……ピィ……」
だが、それでもクッキーを食べるつもりはないのか、まるで放っておいて欲しいと言うように顔を伏せる。
「フェーちゃん!? メルさんがせっかく……」
「ううん、いいんだよ」
思わず声を荒げるノインを、メルは手で待ったをかける。
「そうか、そうなんだね」
フェーの態度から彼の鳥の想いを察したメルは、静かに微笑を浮かべてノインに説明する。
「ノインちゃん……フェーちゃんは、次に食べるごはんはノインちゃんが用意したものって決めてるみたい」
「えっ?」
「多分、もうフェーちゃんは成体になる手前なんだと思う。それで次が幼体の最期の食事になるから、ノインちゃんが用意してくれたものしか食べないと決めてるんだと思うよ」
「そう……なの、フェーちゃん?」
「ピィ」
ノインの問いかけに、フェーは肯定するように小さく鳴いてパタパタと羽根を振る。
「そうなんだね」
フェーの一途な想いを知ったノインは、涙を零して破顔すると愛おしい子の首に抱きつく。
「ママがフェーちゃんのためにとっておきのアポルの実を用意してあげるから、たくさん食べようね」
「ピピィ!」
種族を越えた繋がりを持った一人と一羽は、互いの愛を確かめ合うように抱き合う。
「……うんうん、本当によかった」
思わず貰い涙をしたメルは、涙を拭って立ち上がる。
「でも、ボクだってフェーちゃんにおいしいもの食べさせてあげるんだから」
メルは自分の荷物の中から底の深いボウルを取り出すと、中に薄力粉、砂糖と塩、ドライイーストを入れ、ぬるま湯を入れて箸でかき混ぜていく。
「メ、メルさん?」
いきなり材料を取り出して調理をはじめるメルを見て、ノインが感動も忘れて驚いたように尋ねる。
「い、今から何か作るんですか?」
「うん、今から作るこれは少し発酵に時間がかかるからね。今の内から準備しておくんだ」
「はぁ……」
そう言われてもメルが何を作っているのかわからないノインは、目を丸くして頷くことしかできない。
ノインとフェーが不思議そうに見つめる中、メルはボウルに入れたものを手際よく
すると、水分が粉に吸収されてまとまってきたら、ごま油を加えてさらに混ぜていく。
そこから先は箸ではなく手でこねていき、ムラがなくなってきたところでボウルから取り出して手の平で押し伸ばしてこね、折りたたんでは押し伸ばし、ひとつにまとめていく。
全体がきめ細かくなるまでこねた生地を、再びボウルに戻し、濡らした布巾をかけたところでメルは大きく嘆息する。
「ふぅ、これで下ごしらえは終了、後は発酵させていけばいいかな」
そう言ってメルは、清々しい表情を浮かべて額に浮かんだ汗を拭った。
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