第26話 エーリアスの壺

 聖王都エーリアスは、山の上に建てられた王城を中心に栄えて来た都市である。


 元々は魔物からの防衛拠点として山上に興された小国であったが、世界が平和になり、人々の行き来が自由になるとみるみるうちに発展していった。


 人口が爆発的に増えると当然ながら城壁内に収まるはずもなく、人々は住む場所を求めて城壁の外へ、山をどんどん切り拓いていった。


 結果として聖王都エーリアスは、坂道の多い巨大都市へとなった。



「はぁ……こりゃ大変だ」


 おいしいものを求めて街で一番大きな目抜き通りに出たメルは、目の前に広がる長い坂を見て顔を引きつらせる。


「教会ってこの坂の一番上にあるんだよね?」

「そうだよ。はい、メル」

「あ、ありがとう。もう何か買ってきたんだね」


 手渡されたものを反射的に受け取ったメルは、いきなり口には運ばずにまずは観察してみる。


 それは、メルの手に収まるほどの大きさの手で掴んで食べる直方体の料理だった。


 やや厚めに焼かれた小麦粉のようなもので何かを巻いた料理のようだが、生地の中身は手に持った感触から肉……おそらく成型肉を包んだもののようであり、中から熱と共に香ばしい匂いが伝わってくる。


「いい匂い……まるでイタリア料理のブリトーみたいだね」


 見た目の素直な感想を口にしながらメルは、ルーに手の中のものについて尋ねる。


「ルー姉、これは何て料理?」

「とりあえず食べてみる。きっと驚くから」

「……わかった」


 そこまで言われては仕方ないと、メルは「いただきます」と言ってから、大口を開けて白い生地にかぶり付く。


「――っ、わわっ!?」


 途端、中からスープが溢れ出て来て、メルは慌てて開いた生地に唇を当ててズズズッ、と音を立てて溢れてきたスープを飲む。


 幸いにもスープは熱々というほどではなく、我慢できるほどの熱さだったが、驚くべきはそこではなかった。


「うまっ! えっ、何これ……肉汁?」


 思わず目を大きく見開くメルが飲んだスープは、これでもかと旨味を凝縮したかのような濃厚な肉汁だった。


 一度煮出したものを濃縮させたのか、味は濃厚なのに油っぽくなく、中から出てきたハンバーグのような成型肉と一緒に食べると、より味に深みが増して肉汁の海に飛び込んだような気持ちになる。


「むふ~」


 メルは至福の表情で存分に肉を堪能し、ゆっくりと嚥下する。


「初めて食べるけど何だろう……牛肉……豚肉だけじゃない、他にも色んな肉の味がするのにどれも全くケンカしていない……」

「フフ、驚いたでしょ?」


 早くも料理の考察をはじめてブツブツと言い始めるメルに、ルーが種明かしをする。


「これはレーヴという肉料理で、エーリアスの壺と呼ばれている料理だ」

「エーリアスの……壺?」


 フクフクに続いてまた『壺』という単語の登場に、メルは可愛らしく小首を傾げる。


「えっ、これももしかして、壺の中で熟成させた肉を使ってるの?」

「ハハハ、そうじゃないよ。これはね、エーリアスという土地柄だからできる料理なんだ」


 カラカラと笑いながら、ルーはレーヴという料理について説明する。


「一言で言うとレーヴは、各地の肉好きが集まってできた料理なんだ」


 聖王都と呼ばれるだけあって、エーリアスには各地から人が集まって来る。


 その中には商人も数多くおり、取り扱う商品の中には自身の地で取れた自慢の肉もあった。

 そうして各地の商人が顔を合わせた時、ある疑問が浮かんだという。


 一体、どの地域の肉が一番うまいのか?


 そこで同じ商品を扱う商人による骨肉の争いがはじまる……かと思ったが、一人の商人の言葉が状況を一変させる。


 全員のうまい肉を合わせれば、めちゃくちゃ売れるとんでもない商品ができるのではないか、と。


「そうして試行錯誤の末に生まれたのが、このレーヴというわけ」

「なるほど、争いじゃなくて協力による変革を起こす道を選んだ料理なんだね」


 いかにもやり手の商人らしい意見に感服しながら、メルは残りのレーヴを一気に頬張る。


「…………ごちそうさまでした。とってもおいしかった」

「良かった。ちなみに他にもおいしそうな食べ物を既に見つけてある」

「ええっ、これから長い坂を上るのに、まだ食べるの?」

「余裕」


 無表情のままピースするルーを見て、メルは呆れたように微苦笑を浮かべながらも付き合うことにする。


「仕方ないな……ん?」


 次の店を探そうと視線を動かすメルであったが、何かに気付き、表情を引き締めてルーの服の袖を引っ張る。


「ルー姉」

「わかってる」


 既にメルと同じものを見ているルーも、唇についた油を舐め取りながら前方に鋭い視線を送る。


 二人の視線の先には、紫色のスカーフに同じ色のゆったりとしたドレスを身に付けた老婆が、杖を手に佇んでいるのが見えた。

 誰かを待っているのか、老婆はきょろきょろと周囲を見渡していたが、問題は彼女の後ろにあった。


 軽薄そうな男が二人、老婆を指差してニヤニヤと下卑た笑みを浮かべていたのだ。


 老婆は地面に手荷物と、肩からポーチを下げており、二人の男はそれを指差しているように見えた。

 何も起きなければそれでよし……だが、男たちは肩を揺らしながら大股で老婆への距離を詰めていく。


「メル」

「うん、ルー姉は最初の男たちを……ボクはお婆さんをフォローしながら次の男を拘束するから」


 軽く打ち合わせをして、メルたちは老婆に向かって駆けていく。

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