第24話 大切なお守り

 メルの心配をよそにノインの反応もルーと同じで、どうやらフェーは一日で急激に成長するのが当たり前の種族のようだった。



 その後もフェーは日ごとに成長し続け……、


「ピッ、ピピ~!」

「デカい……」


 自分の腰ほどの高さまで成長したフェーを見て、メルは呆気にとられる。


 変化は体の大きさだけではなく、羽根が生え変わっているのか、黄色い身体のお尻の方の一部にオレンジ色の羽が混じるようになっている。

 今はまだ体の一部分だけだが、ひょっとしたら全身が鮮やかなオレンジ色に変わるのかもしれなかった。


「こ、こんなに大きくなっても、まだ幼体なの?」

「はい、まだ成体になるにはしばらくかかると思いますので、それまでに今の倍以上にはなると思いますよ」

「そ、そうなんだ。まあ、可愛いからいいけど……」


 最早出会った時の鳥籠には入るはずもなく、かといって代わりの籠を用意したところで今度は持ち運べないので、結局外で放し飼いにするしかなかった。

 幸いにもフェーはかなりの甘えん坊で、普段は終始ノインの傍にべったりと寄り添っていたので他の乗客に迷惑をかけることはなかった。


 ただ、体が大きくなった分だけ食べる量も増えたので、それに伴う世話の負担は中々のものであった。


「だけど、フェーちゃんの世話も今日で最後か……」


 予定では、今日の午後には終点である聖王都エーリアスに到着することになっている。


 そうなれば、駅に迎えが来ているというノインたちとはお別れになる。


 そう考えると少し感慨深いものがあった。


「もうちょっと、一緒にいたかったな……」


 流れゆく外の景色を眺めながら、メルが少し感傷的な気分に浸っていると、


「あっ、フェーちゃん。それはダメだよ!」


 ノインの悲鳴のような声が聞こえ、メルはそちらの方へ目を向けると、巨大なオレンジ色が混じった黄色い球体のお尻がフリフリと揺れているのが見えた。


「もう、フェーちゃん、ダメだったら!」

「ピピィ!」


 ノインが必死になってフェーを引き剥がそうとしていたが、大きくなった黄色い鳥を動かすのは一筋縄ではいかなそうであった。


「ノインちゃん、どうしたの?」

「あっ、メルさん、すみません。フェーちゃんったら、メルさんがおいしいごはんを作ってくれるから、きっとメルさんの荷物の中においしいごはんがあると思って……」

「ああ、そうなんだ」


 事情を察したメルは、苦笑しながら立ち上がってノインたちに近付く。


「残念だけど、ボクの荷物を漁っても何も面白いものは出てこないけど、包丁とか危ないものはあるから顔を突っ込むのは止めてね」


 この数日でフェーの扱いにかなり慣れたメルは、黄色い鳥の背中を人差し指でこちょこちょと擦る。


「ピピィ!」


 背中からの刺激にくすぐったいと思ったのか、フェーは可愛らしい声を上げてメルのカバンの中から顔を上げる。


「あっ、ありがとうございます……って、コラッ、フェーちゃん!」


 ノインはメルの手腕に感謝しながら、フェーの赤いくちばしに引っ掛かっていたものを取り上げる。


「これは……」


 それは目の周辺を覆うことができる、大きなレンズがついたものだった。

 ノインは思わず手にしたものを目に付ける仕草をしながらメルに尋ねる。


「随分と大きなメガネのようですけど……もしかしてメルさん、視力が悪いのですか?」

「ああ、違う違う。これはメガネじゃなくてゴーグルっていうんだ」

「ゴーグル?」

「そう、パパがね。お守りになるかもしれないって持たせてくれたんだ」

「へぇ、メルさんのパパが……」


 以前、ルーからメルの父親について色々と聞いていたノインは、感慨深そうに手の中のゴーグルを眺めた後、持ち主へと差し出す。


「すみません、そんな大切なものをフェーちゃんが触ってしまって」

「気にしないで、ゴーグルはメガネなんかよりずっと丈夫に作られているから、ちょっとじゃそっとじゃ壊れないから」


 受け取ったゴーグルをコンコン、と軽く叩いてみせたメルは、目を覆うラバー部分を愛おしそうにそっと軽く撫でて再びカバンの中へと大切にしまう。


 すると、


「メル、ノイン……」


 客車の出入り口が開き、ルーが顔を覗かせて二人の少女に話しかける。


「もう聖王都に着く。降りる準備をしよう」

「あっ……」


 その一言を聞いたメルが窓の外へと目を向けると、彼方にいくつもの尖塔と、その先に巨大な白の宮殿、エーリアスの王城が見えた。


 それはつまり、ノインたちとの別れの時が迫っていることを示していた。

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