第17話 出直してきます。

 ジャッドは父親がしていたようにフクフクの頭を素早く落とし、内臓の位置を確認しながら腹を割いて中身を取り出す。


「よし、これで後は皮を剥げば……」


 これまでとは違う確かな手ごたえに、ジャッドの顔に笑みが浮かぶ。

 このままいけば、無毒化したままフクフクを捌くことができる。


 ……そう思われたが、


「ねえ、ちょっと待って」


 ジャッドの手元を見ていたラーナが、内臓を出して露わとなったフクフクの身を指差す。


「気のせいか、中の方がちょっと光り始めてない?」

「えっ?」

「そんなバカな!?」


 ラーナからの指摘に、メルたちは慌てて彼女が指差す箇所へと目を向ける。


 すると、綺麗に内臓を取り除いた身の一部が淡い紫色に光り始めているのがわかった。


「……本当だ」

「何故だ!? そこは完璧に有毒部分を処理したはずだぞ」


 自分の仕事は完璧だったはずだと、ジャッドはフクフクの身の半分を持ち上げて、上体を確認する。


「血抜きもしっかりしたし、毒なんて残って……なっ!?」


 ジャッドが身を持ち上げると、ラーナが指摘した箇所から毒を示す紫色の光がみるみる広がっていくのが見て取れた。


「ど、どうしてだよ」

「わかりません、凄い見事な手際だったのに……」


 メルたちが唖然としている間にも紫色の光はどんどん広がり、遂には全身が淡い紫色に染まってしまう。


「ありゃりゃ、ここまで毒が回ると、もう水で洗っても駄目だね」


 もう何度も同じ失敗を繰り返したのか、ラーナは大きく嘆息すると、フクフクの解体は失敗した旨をメルに伝えた。




 また翌日、フクフクの解体を改めて行うことをジャッドたちと約束し、メルはルーたちと合流してその日は休むことにした。


 商店に立ち寄って夕飯の材料を買い、メルたちはすっかり陽が落ちた湖のほとりへとやって来た。


「今日の夕飯は、私にお任せ」


 そう言って得意気に笑うのは、これまで食べる専門に徹していたルーだった。


「ルーさんも料理、作るんですね」

「うん、実は野外での一部の料理は、私の方が得意」

「一部……そうなんですか?」


 そう言ってノインが目を向けるのは、湖のすぐ近くで広げた椅子に座り、魔法の灯りを頼りに何かの本を読んでいるメルであった。


「うん、本当だよ」


 メルは本に視線を落としたまま、ノインの疑問に答える。


「ルー姉が作るバーベキューは、まず失敗はないから安心していいよ」

「というわけだ。大船に乗ったつもりでいて欲しい」


 豊かな胸をドン、と叩いて頷いたルーは、近くにあった大小様々な石を軽々と持ち上げては積み上げ、網を乗せ、中に薪を組んであっという間に竈を作る。


「あっ、ルーさん。火を点けるなら種火を用意しないと……」

「必要ない」


 慌てるノインを手で制したルーは、右手の親指と人差し指で丸を作って口元へと持っていき、風船を膨らますように口をすぼめて「ふぅ……」と息を吐く。


 すると、ルーの口から真っ赤な炎が噴き出し、組み上げた薪に火が点き、あっという間に安定した炎へと変わる。


「わぁ、凄い……」

「フフフ、ドラゴンである私にかかればこれくらいチョロいもん」


 ルーは口の中に残った火を「フッ」と天に向けて吐き出すと、買ってきた材料を次々と網の上に並べていく。


 色とりどりの貝や野菜を網の上に並べたルーは、続いて魚の下ごしらえへと移る。


「魚は串に刺して、全体に塩をまぶして……尻尾は特に念入りに、と」


 口で手順を呟きながら、ルーは串に刺した魚を炎の周りに置いていく。


 そうこうしている間に最初に置いたホタテに似た形の大きな貝、薄いピンク色の身をしたアマヤ貝が開き、中からプリプリの貝柱が姿を現す。


「んで、貝が開いたら……」


 荷物の中から黒い液体が入った瓶を取り出したルーは、中の液体をはけでアマヤ貝たちにペタペタと塗っていく。


「あぁ、いい匂い……」


 途端、ジュウゥゥという音と共に香ばしい匂いが鼻をつき、ノインは幸せそうに双眸を細める。


「ルーさん、それは?」

「これは特製の魚介類がおいしくなるソースで……メル、何だっけ?」


 解答に困ったルーがメルに声をかけると、


「それは煮切ったお酒とみりんに醬油、後はカツオと昆布のお出汁と昆布茶を混ぜたものだよ」


 本に視線を落としたままのメルがすぐに回答する。


「……だってさ」

「要するに、異世界の食材が使われたソースということですね」

「そうだね。でもメル曰く、こっちの世界でも同じものは作れるみたいだよ」

「へぇ、それはぜひ知りたいです」

「じゃあ後で材料をメモして渡すよ…………メルが」


 肝心なところは全てメル頼みのルーの言葉に、ノインは堪らず「プッ」と可愛らしく吹き出すと、


「お願いしますね」


 そう言って醤油の焦げる食欲をそそられる匂いに、嬉しそうに双眸を細めた。

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