第7話 穏やかな午後の時間

「わあぁぁ……」


 こんもりと盛られた黄色と赤のコントラストが美しいオムライスを前に、ノインの頬が喜色で赤く染まる。


「これ、本当に食べていいんですか?」

「どうぞどうぞ、遠慮なく食べて」


 メルからスプーンを受け取ったノインは、意気揚々とスプーンをオムライスに潜らせ、大きな口を開けて一気に頬張る。


「――っ!?」


 オムライスを一口食べたノインは、大きく目を見開いて驚いた表情を浮かべた後、双眸を細めて幸せそうな表情で何度も頷く。


 まずはケチャップのしっかりとした塩気に続き、ふわふわ、とろとろの卵がケチャップの塩気を優しく中和してくれる。


 続けて間髪入れずやって来たチキンライスの酸味と、ほんのりと甘みのある優しい味が卵と合わさり、一つの旨味のハーモニーとなって口の中で豊かな味を奏でる。


「う~ん……」


 唸り声を上げてオムライスを咀嚼したノインは、ゆっくりと顎を上下させて飲み込みと、満面の笑みでメルに笑いかける。


「すっごくおいしいです。こんな豊かな味のオムライス、初めて食べました」

「そう?」

「はい、甘いし、酸っぱいだけじゃなく色んな味がするのに、どれも喧嘩していなくて、それでいて旨味がまろやかなんですよね」

「そのまろやかさを引き出してるのは、この隠し味に入れている味噌なんだよ」

「はぁ、あのちょっと入れたものにそんな効果が……」


 プラスチックの容器に入った味噌を眺めながら、ノインはパクパクとオムライスを食べて行く。



 すると、


「メル、早くの私のご飯にも卵を乗っけて~」


 先にノインの分だけのオムライスを作ったので、まだ卵が乗っていないチキンライスを手にしたルーが訴えてくる。


「早くしないと、我慢できずに卵が乗る前にチキンライスだけ食べちゃう……じゅる」

「わ、わかったから、今すぐ作っちゃうからルー姉、ちょっとだけ待ってね」


 今にも口の端から涎た溢れそうなルーを見て、メルは大急ぎで自分とルーの分のオムレツを作っていった。



 オムライスが三人の胃袋に消えるまで、そう時間はかからなかった。


 その後は夕食まで時間を潰すことになり、お腹いっぱいになったノインは、黄色の丸い鳥のフェーの面倒を見ていた。


「フフフ、おいしい?」

「ピッ!」

「そう、よかった」


 ノインの手からパンを食べさせてもらったフェーは、嬉しそうに羽を広げて羽ばたく。


「……フフッ、フェーちゃん、ノインちゃんのことが本当に好きみたいだね」

「はい、フェーちゃんは生まれた時から私が面倒をみているので、私のことを親だと思ってくれてるみたいです」

「ああ、インプリンティングってやつね」


 インプリンティングとは、雛鳥が生まれて初めてみたものを親として記憶して追いかけるようになる刷り込み学習のことである。


「それじゃあ、ノインちゃんはフェーちゃんのママなんだ」

「はい……それも後、ちょっとですけどね」


 そう言って丸々としたフェーお腹を指で優しく撫でるノインは、寂しそうに笑う。

 そのうれいを帯びた瞳は、十代の少女が見せる表情としては随分と達観しているように見えた。



 そのまま暫くの間、ノインはフェーのお腹を撫で続けていたが、


「……何も聞かないんですね」


 耐え切れなくなったように、メルに尋ねる。


「どうしてメルさんは、私やフェーちゃんのことを何も聞かないのですか?」

「どうしてって……その質問はフェアじゃないから、かな?」


 料理の後片付けをしながら、メルはノインの疑問に答える。


「今のボクはノインちゃんの命の恩人で、この部屋に滞在許可を出している身だから、ノインちゃんはボクに何か言われたら、断り辛いでしょ?」

「それは……はい」


 正直に頷いてみせるノインを見て、メルはクスッと笑みを零す。


「でしょ? ボクとしてはノインちゃんの秘密を聞くより、ノインちゃんのパパとの約束を守る方が大事だから」

「パパとの約束……」

「うん、同じパパ好きとして仲良くしたいからなんだけど……ダメかな?」

「ダメじゃないです!」


 伺うように尋ねるメルに、ノインは激しくかぶりを振る。


「私もメルさんと仲良くしたいです。今は余計なことは言えませんが、全てが終わったら必ず話しますから」

「うん、その時は夜通し話そうね」


 二人の少女は互いに破顔すると、それぞれの作業へと戻っていった。




 その後、メルたちは食堂車で肉多めの夕飯を堪能し、途中の駅で一等客車の窓が外から透けて見えないことを確認したノインと一緒に風呂に入り、夜も更けてきたので寝ることにした。


「ふっふっふ、ノインちゃんにこの姿を見せる時が来たね」


 不敵な笑い声を上げながら、最後に風呂に入ったメルが寝間着姿で現れる。


「じゃ~ん!」


 両手の指を少しだけ曲げて飛び出したメルの格好は、トラ柄の猫を模した着ぐるみパジャマだった。


「ノインちゃん、見てみて~」

「わぁ、可愛いです!」


 薄手のキャミソールに着替えたノインは、現れたメルを見て目をキラキラと輝かせる。


「そのお洋服、猫ちゃんですか?」

「そうだにゃん、ちゃんと尻尾も付いてるにゃん」


 そう言って振り返ったメルのお尻には、縞模様の長い尻尾がゆらゆらと揺れている。

 まるで本物のようにゆらゆらと尻尾を揺らしながら、メルはパタパタと歩いてベッドの上に登る。


「おおっ、ふかふかだ。ノインちゃんも早くおいでよ」

「えっ、で、ですが……」

「ダメダメ、お客様はベッド以外で寝させられないよ。もし、ノインちゃんがソファで寝るって言うなら、ボクもソファで寝るよ」

「もう……わかりましたよ」


 強引なメルの勧誘に、彼女のことが少しわかってきたノインは、諦めたように嘆息してベッドの上に登る。


「わぁ……凄い、ふかふかです」

「でしょ? 大の大人が二人寝ても平気なベッドだから、一緒に寝てもまだまだ余裕だよ」

「……ですね。何ならルーさんも一緒でも平気かも」

「それはいいことを聞いた」


 ノインの呟きに、長い髪の毛を乾かしていた緑のパジャマを着たルーが二人の乗るベッドに上がる。


「うん、これなら三人並んでもバッチリ寝れるね」

「ええっ、流石にちょっと狭くない?」

「そんなことない、皆でくっつけば調度いい」


 もう三人で寝ることは決定事項なのか、ルーはそそくさと一人先にベッドの端に陣取ると、


「それじゃあ、おやすみ」


 一方的に挨拶をしてベッドに潜ると、すやすやと寝息を立てはじめる。


「…………」

「…………」


 その眠りまでの余りの早業に、二人の少女は唖然と見ていたが、


「……ボクたちも寝ようか?」

「そう……ですね」


 ルーに先に寝られたからといって、もう一つのシングルベッドに二人で寝るのも違うと思ったメルたちは、少し手狭になってしまったベッドに入っていった。

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