第四章 太師祭

大政太師

大師祭前夜祭

夕刻のリューウェ村大通りには多くの屋台が出ていた。リンゴや梨などの果物に飴やチョコレートやクリームをまぶしたものや、鉄板で焼いた肉や野菜。トウモロコシもあれば簡素なピザなどもあるし、もちろんジュースもエールなどもある。


「みんな走っちゃだめよー」

アリシアはそう声をかけたが子供たちは歓声を上げながらお構いなしに走り出した。


「まったくもう」

アリシアは少し口を尖らせてそう独りごちたがもちろん本気で怒っている訳はない。


「まあお祭りですしね」

ハイヤードは微笑んでアリシアをなだめた。


「……ええ……」

アリシアも微笑み返して矛を収めた。


今日11月10日は大師祭の前夜祭である。前夜祭とは言うが庶民にとってはこの日がお祭りの本番だ。明日11月11日に行われる本当の大師祭は宗祖の御霊を祀る祖霊祭なのでこんな風に騒いだりはしない。家で静かに祖霊に祈る日である。


ハイヤードは貧乏司祭な上に賑やかしい事が苦手なのでこういう祭りに来る事はなかったのだが、塾生も増えたし、また今年はアリシア母子も居るので、今年は塾の社会科見学として行ってみましょうか、と塾生を連れてやってきたのであった。


「おっちゃんアメいっこ!」

塾生の一人が元気よくアメを買う。


「おっちゃんショウブだ!」

小遣いをはたいて射的に挑む少年もいる。


「あのお面こわーい」

さほど怖くもなさそうに太師面を嫌がる少女もいる。


「こらこら」

アリシアは苦笑気味にそれをたしなめた。


太師面とはこの大師祭で祀られている筈の宗祖を模したものなのだが、まあはっきり言うとあまり可愛くはない。もちろんデザインなどいくらでも可愛くできるのだが、それは何というか、失礼というよりはある程度の迫力がウリでもあるので。


「いやたまに祭もいいものですねえ」

ハイヤードは揚げポテトをほふほふと頬張りながら嬉しそうにそう言った。


「そうですね」

アリシアは笑顔で同調しつつ内心で思った──この司祭様は食べ物で釣れる──と。


おおー!


遠くから歓声が聞こえてきた。そちらに目をやると薄暗い大通りの向こうから巨大な山車だしがやってくるのが見えた。この祭の見せ場である。


「すっげー!」

塾生の少年がそう叫んだ。


「こわーい!」

太師面を嫌がった少女は今度は本気で怖がった。


少年と少女の感想の違いは同じものを見ての感性の違いである。それを勇壮と見るか恐怖を感じるか、まあどちらであってもおかしくはなかった。


山車の上には巨大な人形が乗っていた。人形ではあるが人と言うより赤鬼と言うほうが相応しいかも知れない。巨大な人形の中で火を炊いているので薄ぼんやりと赤く見える。そしてその顔は赤く染め上げられ目が吊り上がり大きな口が開いていた。


「ええーあれこわいよー」

別の少女がやや冷静にそう言った。


「てか顔でっか!」

少年は逆に笑いながらそう言った。


確かにその人形は頭部が非常に大きかった。全体の1/3が頭部である。これは制作上の都合ではなく、伝承にあるその姿でもないのだが、多くの人間が想像するその人物を分かりやすく具体化するとこうなってしまうのである。


「ねえママ」

ふいにアリアがアリシアに声をかけた。


「なあにアリア?」

アリシアがそれに応じる。


「あれはだれなの?」

アリアは巨大な人形を指してそう訊いてきた。


実に素朴な質問だった。そしてそれは大人なら誰でも明快に答える事ができる。だがアリシアはその回答を躊躇った。えーっとねえ、あれはねえ……


「おれしってるぞ!」

それを聞いたはエルジオは破顔してそう言った。


「あれはイドリスさまってんだぞ!大昔のすっげえエライ人なんだってさ!」

エルジオは得意げに破顔してそう断じた。



エルジオの言葉を聞いていたアリシアとハイヤードは苦笑気味に目を交わした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る