第6話 サンタさんのプレゼント
壁掛け時計に目をやると、夫もつられて同じ方を向く。
「パパがサンタだっていつ気付くかな?」
「当分は大丈夫よ」
もうすぐクリスマス。愛しい人のために、街にサンタが溢れる日。
「そう願っているよ。良い夢ならなるべく長く見させてあげたいからね」
こんな日なのに寂しさを感じているみたい。
それとも、こんな日だからなのかしら。
「確か、「パパ、くさい」なんて言われるよりは増し。だったかしら?」
「よく覚えてるね。あの時は会社で『その内クサイなんて言わるぞ』とか、『一緒に洗濯しないでとか言われる様になるんだぞ』とか、散々脅されてたからね」
「一瞬、一瞬が勝負だ。とか言って騒いでいた時もその時よね」
「今でもそれは変わらないよ」
最近プレゼントに気が付いた時に、どんな展開になるか話したことがある。その時と同じ事を考えているのか、すでに満足そうな顔をしている。この人は良いイメージしか浮かばないのだろう。心配性としては羨ましい。
「大事なプレゼントを守れたんだもの、越中さんに感謝だね」
「結果としたらね」夫は肩をすくめる。「あの人の場合は、僕に娘ができて付き合いが悪くなったから、単に臍曲げてるだけだよ」
「正直じゃないんだから」
それを聞いた夫はもう一度肩をすくめる。
「知ってる?似たもの夫婦ってのは、夫婦生活が長く続く秘訣らしいよ」
あら?結構な物言いじゃない。
びっくりしちゃう。
「そうなの?残念。私は正直者だから、あなたが素直にならないといけないのね。頑張って」
私はリビングのテーブルの上に置かれている、小さい方の箱に目を移す。今日の夫が挑発的なのも、太々しい顔で目を逸らさないのも、アレがあるからだ。
「それなら大丈夫だよ」
こちらを向いてと語りかけてくる。
「大丈夫かなんて何で分かるの?」
あなたが気にするのは違うものなのよ。箱の中身は大丈夫かしら?日付が変わるまでは我慢しようと思っていたけれど、今開けちゃおうかしら。
「感性は幼稚園児と一緒だから、素直さなら君も太鼓判を押してくれるだろ?」
「そうね、それについては保証できるわ」
「そうだろ?それなら似た者夫婦ってことじゃん」
素直と詰めが甘いのは似て非なるもの。
「そうでもないんじゃない?私なら娘が起きているかもしれないのに、プレゼント抱えたまま満遍の笑みで帰ってくるなんてしないわ。少し大人としての冷静さが足りないわね」
「くっ、それは…。君だって笑っただろ」
笑わせたのだからチャラだと言いたいらしい。
「それは笑うわよ。あれだけ、『プレゼントはスマートウォッチだよ』って顔に書いてあったら誰でも笑うわよ」
あの時は大変だった。
右手に持った私へのプレゼントらしき小箱を振っていた時の顔に、思わずジャガイモを吹き出しそうになってしまった。でも、大丈夫、今の顔なら全然平気。だって恥ずかしくて耳を赤くしているだけだから。
「あれ?」私はわざと少し間を空ける。「あなたって、にらめっこ好きだった?」
何が面白くて笑ったのか分からないけれど、これでにらめっこでもあなたの負けよ。
「にらめっこが好きか嫌いかなんて考えたこと無かったけれど、この状況は嫌いじゃないな」
「あら、奇遇ね。私もよ」
にこりと笑う私を見て夫は天を仰ぐ。ここが潮時と感じたらしい。
その方がいい、私も楽しい話がしたい。
「帰りの電車の中で同じようにプレゼントを抱える人と目が合って、お互い大変ですねって会釈し合ったら何だかテンションが上がっちゃってさ。そうなったら笑うの抑えられないよね」
そう、あの顔はまさにその顔だった。
「娘が起きちゃってたらどうしてたのよ?」
「考えてなかったなあ」
あっけらかんと笑う。
「玄関先でサンタさんと出会ってプレゼント渡してもらった。とかはどう?」
「何、その夢のない話。サンタさんの存在は守れるけれど、プレゼントの嬉しさが全くないじゃない」
「うわ!本末転倒」
夫は嬉しそうに笑う。
ヒントを与えたのに、この状況で声を出して笑うということを理解していない。詰めが甘いというより、考えが浅い気がする。
案の定、寝室から物音が聞こえる。
そんなに大声を出して話したり笑ったりすれば、こうなるだろう。自ら選んだ茨の道だ。陰なら応援させていただきます。
「パパおかえり」
「ただいまー」
寝起きの可愛らしい声に、夫はいつもの声で返す。
「香織ごめんね、起こしちゃったね」
娘可愛さに我を失っていた夫は、自分の言葉で状況を理解できたらしく、顔が一瞬変わる。それを見た私は、夫に向かって両方の掌を見せ、どうぞお好きに。と順番的に夫の番だということを伝える。
「良い子にしてたかい?」
「うん」
娘に抱きつかれて嬉しいはずなのに、複雑な表情を浮かべている。
そうなのよ。状況的にこの言葉を優しく語りかけられないのが辛い。
ご理解していただいた通り、あなたは娘が寝るまで起きていなければいけないの。私の苦労は水の泡なのよ。それを今から噛み締めなさい。
「わー、何その箱ー?」
そうなるわよね。リボンで可愛らしくラッピングされてたら気になるわよね。あなた頑張って、問題は山積みでどしどしと迫ってくるわよ。
「えっと、どれだい?」
惚けたってダメ、娘はしっかりと指差してるわよ。違う、違う。そっちじゃないわ、ちゃんと見てあげて。
「あ、あれはママへのプレゼントだよ」
見つかったのならばしょうがないって感じで話しているけれど、そこはもうちょっと捻るところじゃない?
「えっ、プレゼントー?」
驚いて大きい声を出したのでそちらを見てしまう。
蚊帳の外にいたかったのに、娘と目が合ってしまった。
「もうもらったの?」
私としては、もう少しパパと娘のドタバタを見ていたかったのにな。
「そうよ。いいでしょー」
「いいなー」
楽しそうだったのに、突然娘の顔が曇る。
「サンタさんもう来たの?」
夫はその顔の意味を測りかねてる。
「香織が起きてるのに来るわけないでしょ。サンタさんからもらえるのは子供だけだから、パパが買ってくれたのよ」
「そうなの?」
「そうよ」
「そうだよ」
上手くまとまったってほっとしてるけれど、これでプレゼントが見つかった時の逃げ道は無くなったんだからね。気を付けてよ。
「それならパパはママのサンタさんだね」
夫は、おっ!と嬉しそうな顔をする。
「そうだよ、パパはサンタさんなんだよ」
嬉しいのは分かるけれど、うっかりでバレないでよ。
娘は定位置がいいのか、夫の手を引いてソファーへと向かう。夫はそれを止めようか迷っていたが、私が首を振るので引かれるまま後ろをついて行った。
「ねえ、もう一つの箱はー?」
それは、そうなるわよね。
さて、どうしましょうか。
「どの箱?」
「それー」
「あー、それかー」
夫がこちらを見ているので何かを察知したのか、香織は私に目もくれず箱を開けてしまった。
「ダメだよ」という夫の焦った声と同時に娘の顔が輝く。
「美味しそー」
言葉の途中なのに香織と目が合う。
しょうがない。今日はクリスマス・イブ。子供にとっては心が踊る大切な日。
「今度はちゃんと歯を磨く?
「うん」
「それならいいわよ」
「やったー」
そう言うと、箱の中から大福餅を取り出して大きな口を開けた。
「僕も食べようかな」
「あなたはこの時間だから、甘いものは控えましょう」
私の声に連動するように、大福のために伸ばしていた夫の手が宙を舞ってから自分のおでこに着地した。
「パパも食べる?」
香織は口の周りに沢山の粉を付けてながら、夫の膝の上に座ると大福を差し出した。
いつも隠れてお菓子を食べ合う仲だ。良い共同作戦だけれど、真夜中のパパはちょっと違うのよ。年明けに大事な健康診断があるから今は無理ができないの。
「パパはやめておくよ」
偉い。あなたが食べたら、私も食べたのに。
「そうなの?」娘は残念そうに見上げる。「それなら私、明日ケーキ作るんだよ。それを一緒に食べよーね」
「そうなんだ?やったー。楽しみだなー」
甘いものを我慢している人に向かってケーキの話をするなんて、ナイスチョイスよ。なんたってその人は、娘へのプレゼントを戦利品のように堂々とリビングに置くような人よ。その調子で頑張って。
それより香織。パパのコートの下にはもっと美味しいお菓子があるのよ。有名なパティシエが作ったものなのよ。あなたがいつもお片付けのお手伝いする良い子なら、見つけられるのよ。
クリスマスは良い子にしている子がプレゼントをもらえる日。さあ、あなたは見つけられるかしら?
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