第3話 新たな旅へ




――2匹の戦闘時間は、数秒間。


その間に未知なる生物に対して、圧倒的実力差を見せつけ。


魔法を放ったクロは、何食わぬ顔し振り返り。


ざくろに声を掛けた。


「わんわんっ?!」


(大丈夫か?!)


彼女は目の前で繰り広げられた、魔法という未知の存在に震えており。


短毛種特有のすらっとしたプロポーションも、毛が逆立ってしまい、2倍の大きさに膨れ上がっていた。


「にゃ……にゃぁ……」


(な、なんだったんだ……あれ……)


そのいつもと違う様子に気付いた、彼は少し距離をとった。


(俺、嫌われてしまったのか……アイツが知らない力を使ったから)


実は、クロがこの世界に来た日は、ざくろより前だった。


それは転移という、現象が巻き起こした未知の事柄なのかも知れない。


本来であれば、そこで第2の犬生を考えていいのだが、彼はそんなこと考えもしなかった。


根拠もないというのに、彼女が来ることを信じて、単身で世界を旅して回り。


叡智の森ノースクリフに住むエルフからは、この世界の言葉と魔法の知識を。


荒廃の平野ウエストマーズにいる獣人には、魔物の弱点と種類を。


永久凍土イーストに住処を置く竜人には、ステータスやスキルを。


玉鋼工房の砦サウスで、商いと生活するドワーフからは、武器や防具の知識を。


その他にも、人間の国セントラルを訪れて、交友関係を築いたり。


海を渡ったり。


空を駆けたり。


世界樹を見に行ったり。


日本では、できない色々な経験をしてきた。


時間にして、1000年。


全ては、ざくろがこの世界に訪れた時、困らないようにするためで。


雨の日も、晴れの日も、嵐の日も。


ただ、1匹の猫が訪れること信じ続けた。


普通の犬なら、耐えられはしない時の流れ。


でも、彼にとってはこの1000年より、ざくろと爪と牙を交えた日。語り合った日。肩を並べた日。


このたった十数年の想い出の方が、彼女のいない1000年より大切だった。


その日を思い出すことで、この途方もない月日を乗り越えてこれたのかも知れないし、違うのかも知れない。


でも、その純粋な想いと研鑽が、犬という種族から奇跡的な進化を果たし、非常に長命な銀狼人シルバーウルフという珍しい種族に生まれ変わることを可能とした。


そんな奇跡的な偶然が重なって叶えられた再会だった。


1000年振りだというのに、自身が思い描いていたようにいかなかったことをクロは嘆いていた。


(やっぱり、気持ち悪いよな……もう普通の犬だった頃の俺じゃないし)


彼は、彼女が自分の変化を受けれることができないと思い込んでいた。


だが、目の前には、初めて魔法を見たことで目を輝かせるざくろの姿があった。


(えっ――?)


その視線に気付いた彼女は、軽やかな足取りで近づいてきた。


「にゃあ、にゃ……にゃーん、にゃにゃ?! にゃは?」


(あれさ、あれ……あの氷がバーンってなったやつやばくねぇか?! どうやってやるんだ?)


クロは予想外の反応をされて、戸惑っていた。


尻尾を下向きに、ゆっくりと振っている。


「わう……わんわん……」


(どうやってかぁ……あれは魔法といってだな……)


だが、魔法を知らない、見たこともない。


ざくろにとっては、心を躍らせる対象でしかなかったようで。


その場で、くるんくるんと宙返りをしていた。


「に、にゃは?! にゃ、にゃにゃ! にゃふん!」


(ま、魔法?! やばい、やべぇ! 魔法!)


それどころか、クロの返事を待たずして、見様見真似で魔法を放とうとしている始末だ。


「にゃぁあっ………にゃー!」


(あのかっこいいやつ……アタイの頭からでろぉぉー!)


しかし、魔法の仕組みを理解していないので、顔を完熟トマトのようにして力んでいた。


彼は、その光景に思わず笑みが零れ落ち。


流れのまま話しを続けた。


それは、1000年の月日が経ったとは思えない自然なやり取り。


「わふ。わんわん、わふっ」


(ふふっ、そんなんじゃ。いつまで経っても無理だぞ)

尻尾を勢いよく振り、付着した氷の結晶を振り払う為にぶるぶると胴を震わせている。


「にゃにゃっ、にゃん!」


(これから、お前に教えてもらうからいいんだよ!)


尻尾でバランスをとりながら、二足歩行で立ち。


素早くシュバババッ! と手を前に突き出していた。


その姿を見ていたクロは、彼女に提案をすることにした。

(ふふっ、断られるかもしれないが……もうダメ元だな。もし嫌だと言われたら、この世界でどこが安全かだけ、説明して去っていこう。俺は一緒の世界に居ていることが知れただけ十分だ……)


「わふ。わん、わふん」


(ふふっ。じゃあ、まず俺と北の森に行ってからだな)


「にゃ、にゃ! にゃー、にゃーん! にゃ」


(おお、旅か! いいなー。アタイなら、あっという間に、お前に追いついて追い越していくだろうしな! 楽しみだ)


行き先どころか、この世界のことを知らないというのに、ざくろは1匹で居た時とは、別猫のように警戒心を解いていた。


彼女にとっても言うまでもなく、彼の存在は唯一無二だった。


「にゃー、にゃー! にゃ」


(ふふーん、やったぜぇー! 残してきた子分たちには申し訳ねぇが、アタイもっと強くなれそうだわ)

宙返りをなんどもし、体全体で喜びを表現していた。


だが、当の本人……本猫はまだ何もわかってなかった。


恋愛の”レ”の字も知らない初心なメス猫だから――。


「にゃ! にゃー、にゃー!」


(うっしっ! んじゃ、早速冒険だー!)


その初心なメス猫ざくろは、空に浮かぶ、太陽とまん丸い月に向かって前足を勢いよく掲げると。


本能の赴くままに進み始めた。


口には、当然のようにあの魔性の香りを放つ草の束を咥えて、鼻歌を歌い。


頭の上には、音符マークを浮かべてだ。


何気なく、日本では繰り返されていた、この行動がまたしても、クロとざくろの1000年の時の差を埋めることとなっていた。


「わん……わふっ」


(全く、お前ってヤツは……何年経っても、変わらないな)


独り言が軽い足取りで先陣を切る、ざくろへ微かに届いた。


振り返った彼女は、また顔を赤らめていた。


理由は自分が猫目や犬目を気にせず、はしゃいでいたことをからかわれるのでは? と思っていたからだ。


「にっ……にゃ?」


(いっ……今、何か言ったか?)


対して、クロも自分の独り言をいじってくるかも知れないと身構えていた。


だから、必然的に目を逸らす。


しかし、その一連の動きが、勘違いを生んでしまい、日本に居た頃のような他愛もない口喧嘩が行われた。


「……わふっ」


(……言ってない)


「ッ……シャァァァッ!!」


(絶対……何か言っただろテメェ!!)


「グルルッ、ワンワンッ!」


(俺は、なにも言ってないぞ!)


――そして。



すっかり、いつも通りとなった。


1匹にとっては、数え切れない中の1回。


もう1匹にとっては、初めての世界を周る旅が始まった。

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