愛する人は桜色の吹雪と共に消ゆ

テトラ

第1話

春を迎え、桜が散り始めた頃。

長かったように見えて案外短かった様にも感じた3年間の高校生活も遂に明日終わりを迎える。

楽しい事もあれば苦しく悲しい事もあった高校生活だった。

一つだけ心残りだったのは、幼馴染の中邑波音と同じクラスになることがなかったせいもあってか小中学生の頃より疎遠になってしまったことだ。

家も近かったこともあり、小さい頃はよく遊んでいたりはしたが交友関係が変わってゆくにつれてそれもほぼないに等しかった。

スマホのやりとりもあまりない。緊急の連絡や誕生日や新年の挨拶ぐらいで連絡もあまり取り合っていなかった。

それでもたまに波音を見かけるとついつい彼女に目がいってしまう。あんなお転婆な幼馴染がみるみるうちに可愛くお淑やかになっていったからだろう。

疎遠になってしまったのは俺の心の弱さもあるのだろう。神々しく見えた波音に話しかけるのが怖かった。

幼馴染でずっと遊んでいた仲なのに、たった3年でこうも変わってしまう。

波音自身もこんな弱くてヘタレな俺に嫌気を刺して話しかけなかったのではと考えてしまう。

けれど、明日は卒業式。せめてその日だけは彼女に話しかけよう。

気持ち悪がられるの必須だが、波音に告白してみよう。結果はとっくに見えているが何もやらないよりは良い。

そう考え、いざスマホを手に取り波音にメールを送ろうとした時だった。


「うお!」


スマホの画面には波音の名前が映し出されている。

思わず変な声が出てしまった。声が出ても仕方なかった。だって、メールをしようとしていた波音から電話がかかってきたのだから。文字ではなく声を聞くというダイレクトなモノ。

俺は焦ってスマホを自室の床に落としかけたが、何とか受話器のボタンをタップし電話に出る。聞こえてきた声はとても懐かしく安心させる優しげな声だった。


「あ、ぶっフぇ、も、し、もしもし?!(げ、変な声出た…!!)」

「もしもし?広也?久しぶりだね」

「ひぇ、あ、うん!久しぶり!!!ど、どどど、どうした?!」

「あのさ…突然なんだけど今から会える?もし会えるなら荒牧神社の1番大きい桜…分かるでしょ?その木の下で待っててほしいんだけど」

「それはいいけど…急になんで?」

「伝えたいことがあるの。とても大事なことだから。あの…だめかな?」


夕飯と風呂をすでに終えていて、見たいテレビも動画もないしゲームをする気分でもない。後は、明日の卒業式に向けてぐっすり眠るだけだった。断る理由なんてないが、こんな夜更け近くに波音から呼び出しが来るとは想定していなかった為困惑はしてしまった。


「明日の卒業式の時じゃダメなん?」

「うん。それじゃあ遅過ぎるから今すぐ来てほしいかな。無理そう?」

「(おかんに素直に言えば大丈夫か)あ!ううん!全然無理じゃない!!待ってろ!今支度して行くから!!えっと…確か、荒牧神社の桜の所だな!!おっしゃ!分かった!!」

「フフ。相変わらずだね広也は。突然でごめんね。それじゃまた後で」

「うん!後でな!!」


電話を切り、急いで寝巻きを脱いで私服に着替える。

家から神社までそんなに距離はない。小さい頃、よく波音や他の友達と遊びに行ったぐらいだ。小学生の高学年ぐらいになってからは初詣か、姉や俺の受験合格祈願、春に満開になった桜を見に行くぐらいで遊び場としてはあまり足を運ばなくなっていた。

だから、波音に会うのも神社に行くのも本当に久しぶりだった。

そのせいか変に胸が高鳴る。

明日の卒業式の日にしようと思っていた波音への告白を少し早めてしまおうかとさえ思えた。

支度を終え、ドタバタと急いで玄関に向かう。リビングにいた母さんがそれに気付き俺に話しかけてきた。


「広也!アンタこんな時間にどこ行くの?!明日卒業式でしょ?!」

「ちょっと野暮用だよ。終わったらすぐ帰るから」

「全く…。夜は危ないから気をつけなさいね。本当にすぐに帰ってくるのよ?」

「分かってますっての!それじゃいってきます」


突然深夜に外出をしようとしている俺を見た母さんの本心では卒業式を翌日に控えている息子を危ない夜道に行かせたくなかっただろう。だけど、止めても聞かないことを分かっていたのか少し諦めたかのように俺を見送ってくれた。

自動車の近くに止めてある自分の自転車を道路まで押してから乗り込む。神社の方に向かって急いでペダルを漕いだ。

自転車を漕ぎながら久々に直接会う波音の大事な用事が少し気になった。明日の卒業式に間に合わない話。


(まさか俺と同じ様に県外に行くとか?それだったらもっと早く教えてくれそうだし、卒業式の時でもいい気がするけど。まぁ、会えばわかることだし)


暖かい春になってもまだ夜は少し肌寒い。自転車を漕ぎながらその風を感じ取る。その中に散った桜も混じっていた。






荒牧神社に着き、駐輪場に自転車を停めてから波音に指定された場所に向かう。深夜だということもあってか自分以外の人はいない。なんとなく心細くなり少し早歩きで目的地に向かう。

しんとした月明かりだけがたよりの境内には目的地にある大きなソメイヨシノ以外の桜の木が植えられていて彼方此方に散った花びらが道を桜色の絨毯のように染めている。まるで俺を目的の場所に導いているようにも思えた。

桜色の道の先にようやく目的地の桜が植えられている場所に到着した。そこには見慣れた制服を着た幼馴染がすでに待ち伏せていた。俺は慌てて彼女に駆け寄った。

足を踏む音で気が付いた波音は俺の方に踵を返した。


「広也」

「ご、ごめん波音!!遅くなった!!」

「ううん。私が急に呼び出したんだもん。ごめんね」

「いや、いや、いや!!!謝るのは遅くなったこっちだから!そ、それよりも、急に連絡してくるなんてどうした?何かあった?」


緊張する気持ちを少しでも誤魔化すように変に陽気に喋ってしまい恥ずかしさが増す。遠目に見ているより、近場で見ると可愛さが増すなんて変態じみたことを考えてしまう。

俺はそうじゃなくてと慌てて首を横に振り、本題に入ろうと波音に突然呼び出した理由を聞く。

俺とは対照的にとても落ち着いた様子の波音は、テンパってる俺に微笑みながら、ブレザーの内ポケットからある物を取り出した。取り出された物は桜が描かれた白い手紙。

波音はその手紙を少し恥ずかしそうに俺に手渡してきた。


「これを渡したかったの。明日の卒業式に出れそうにないから」


波音のその言葉に俺は驚いてしまう。どうしてという疑問がすぐに生まれる。


「え…?なんで…?まさか調子悪いんか?」

「ううん。そういう訳じゃないけどね。もう私には時間がないから。もう今しかないの」


いつも感じていた波音の陽気さは影を潜めていてどこか悲しげな雰囲気を醸し出していて俺は戸惑った。変に胸騒ぎがするのは何故だろう。

"私には時間がない。今しかない"の意味が分からず困惑してしまう。


「今しかないってどういう…」

「あのね、広也。私ね、ずっとアンタのことが好きだった。ずっと前からアンタのことが大好きだったの。恋人になりたかったし、彼女として一緒に横を歩きたかった」


俺の疑問を遮った波音からの突然の告白に言葉を失ってしまう。嬉しさもあったが、それよりもまさか両想いだったとは想像していなかった。波音はそんな俺に構うことなく話を続ける。


「小さい時からずっとそばに居たのに成長するにつれて離れていって…それでも私はアンタを想い続けてた。遠くから見るだけでも満足できた。でもね、もっと早く広也に伝えれば良かったって今凄く後悔してる」

「波音…」

「何もかも遅過ぎたね。本当私って弱虫だね。広也に軽蔑されるのが怖くて言えなかった」


本当は卒業式が終わってから告白しようと考えていたのに先を越されてしまった。もう、やぶれかぶれだと勇気を振り絞って波音の告白に返事を返した。


「あ、あのさ、お、俺も、ずっと波音のことが大好きだった!!!」

「え…」

「そりゃ、クラス替えとか、友達とか、いろいろあって話すことも遊ぶことも少なくなってたけど、波音のことを忘れたことなんてなかった。俺、本当は明日波音に告白するつもりだったし…!!!」

「広也…!!」

「あ、明日卒業式に来れないのは残念だけど、ちゃんと波音に思いを伝えられて良かったし、まさか両想いとは思わんかったし……ふぇ?」


すると、波音が俺をギュッと抱きしめてきた。突然中で情けない声が出る。こんな風に抱きしめられるのなんて小さな時以来だった。

心臓の鼓動がいつも以上に煩く感じる。


「ありがとう…!!本当に嬉しい…!!」

「え、へへ、お、俺も嬉しいっす」

「私本当に幸せよ。これで何も思い残すことなんてない」

「っ…それは良かった…」


波音はまた引っかかる様な言葉を投げかける。どうしてなのか聞くのがどうしても怖く感じた。嬉しく幸せに溢れているのにどうしてこんなに悲しい顔をするのか俺には分からなかった。


「私の気持ちを伝えるのも最初で最期だから。これで満足よ」

「最初で最期って…?」

「さっき渡した手紙だけど、明日の卒業式が終わってから読んでね。それだけは約束して」

「それは分かったけど…」

「ごめん。私、どこか変でしょ?でも、今はそれ以上は聞かないで。すぐに分かるから」


困惑する俺の顔に波音はそっと手を添える。すると、さっきまで吹いていなかった風が顔を撫でた。散って地面に落ちていた桜がゆっくりと舞う。


「今まで本当にありがとう。広也は何も悪くないからね。どうか幸せになって、たくさんの人に愛されていて。大好きよ」


涙を浮かべながら感謝と愛を述べた波音は俺の唇にそっと自分の唇を重ねてきた。初めての口付け。両想いだったという証。

波音からの口付けに呆気に取られる俺に彼女はゆっくりと唇を離し、優しく耳元で囁いた。



「さよなら」



ハッと我に帰り、まるで目の前の愛する人を失ってしまいそうな予感がして俺は咄嗟に彼女の名を叫んだ。


「波音!!!!!」


波音を抱き締めようとするが、突然吹雪のような強い風が吹き荒れ俺の身体に打ち付けてくる。目を開けられない程の桜の花びらを纏った吹雪。

波音を抱きしめようと伸ばした手は彼女に届くことはなかった。

吹雪がようやく止み、ゆっくりと目を開けるとさっきまで目の前にいた筈の波音の姿は消えていた。周りを見渡し、必死に境内にまだ居るはずの彼女を探す。


(波音…一体どこに…)


まだ、口付けされた唇に余韻が残っている筈なのにそれに浸る余裕がない。波音の言動もあって焦りが増す。

そして、先程波音から手渡された手紙の中身も気になって仕方がなかった。

すると、静かな境内にスマホの着信音が響き渡る。俺はズボンのポケットに入れていたスマホを取り出し画面を見ると姉の翔子から着信が来ていた。受話器ボタンをタップして電話に出る。


「なんだよ。ねーちゃん今更どころじゃ…」

「やっと出た…!!広也!!!ちょっとアンタ今どこにいるの?!!」

「はぁ…?そんな何処って…波音に会いに荒牧神社に…」

「え…?!波音ちゃん…?!そんな嘘…!!と、とにかく、いいから早く帰ってきて!!今すぐに!!」


スマホ越しに聞こえてきた姉貴の声はどこか緊迫している。波音の名前を聞いた時、何故か狼狽えた様子が聞こえてきた。

こんな夜更けに外出してしまったのがいけなかったのだろうかと一瞬考えたが、姉貴の声の感じからしてまた別の理由があるのだと何となく察してしまう。しかも、俺の目の前から消えてしまった波音が絡んでいる様子だから余計にそう感じてしまう。


「わ、分かったから。そんな怒んなっての…」

「馬鹿!!!怒るに決まってるでしょ!!!理由はお母さんから聞いて!!!」


ブツっと電話が切れる。通知欄には姉貴と母さんと父さん、そして友人からの着信とメールが鬼の様に来ていた。全くそれに気が付かなかったことに俺は驚いてしまった。


(全然気が付かなかった…なんでだ?マナーモードにしてないのに…)


不思議な現象に呆気に取られる俺はもう一度境内を見渡し波音を探す。もう、自分以外の人の気配はない。彼女は俺に口付けをし、そっと耳元で別れの言葉を言った途端、煙の様に消えてしまった。

俺はスマホをタップし、波音に"ごめん先に帰る"とメールを送信した後、再びズボンのポケットに戻し駐輪場の方へ急いだ。

もう風は止んでいた。俺を襲い、波音を消してしまった桜色の吹雪が嘘だったと思てしまう程とても静かだった。




自宅に帰る為自転車に跨り片道を戻る。

神社に行く時はとてもワクワクして走っていたのに帰りは何処か寂しい気持ちになっていた。

少し遅くなってしまったことを咎められることを覚悟しながらようやく自宅に着き扉を開けると、玄関に血相を変えた母さんと父さんと姉貴が俺を待ってくれていた。

どうしてそんな顔をしているのかと聞こうとした時だった。


「広也。落ち着いた聞いてね」

「は、はぁ?急に何…」

「実は…」


母さんから聞いた言葉が波音の言動の意味と感じていた違和感を解決させた。

だがそんな結末望んでない。そんな事考えもしなかったし考えたくもなかった。

だって先まで目の前にいたのだから。やっと想いを伝えて好き同士って分かったのに。そんな結末。全部嘘だ。全部幻で夢であってほしい。



「波音ちゃんが亡くなったの」



色とりどりで晴れやかだった筈の世界が一気に灰色の世界に切り変わる。



卒業式に出れない事。

最初で最期の意味。

あの耳元で囁いた"さよなら"の意味。

俺の目の前から姿を消した事。




遺品となってしまった手紙を読むのが死ぬ事よりも怖く感じた。

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