一章 第三節

座敷童子、鬼ピンポンされる

「わら、醤油とってくれ」


(わら、今日の煮物。味付けが少し濃いぞ)


「……なんかもう、私の名前わら子で決まったんですね」


 渚襲来事件から、三日が経った。


 あの後の話しを少ししよう。俺の緊縛の術式が解けたのは、術をかけられてきっかり二十四時間が経ってからだった。その間、俺は身動きがとれず死ぬ気でトイレを我慢した。


 プライドを捨て、座敷童子にペットボトルを当ててもらう対処法も頭によぎった。

 ただ、妖怪に下の世話をしてもらうなど一生物の汚点だ。はち切れんばかりの尿意を見事に耐え切った俺は、最低限の人としての尊厳を守り抜いた。我ながら良くやったと思う。


 そして、日常はあっけなく戻ってきた。


「大体、私が名前なんてつけられていいんでしょうか? 個体名を持つ妖怪なんて、特級妖怪レベルの話ですよ」


「まあ、いいんじゃないか? 俺達が勝手に呼んでるだけだし。呼びやすいし」


「なら、もっと可愛い名前の方がいいです……」


 食卓を囲みながら、ほっぺを膨らます座敷童子からはもう妖気を感じない。こうして見ると、なぜか着物を着ているちょっと痛々しい人間の女の子にしか見えない。


 これならば、余程のことがなければ他の陰陽師に襲われる心配はないだろう。


「かわいいだろ、わら子」


(そうだ。似合ってるぞ、わら子)


「完璧にバカにしてますよね。もういいです! 私、改名しますっ!」


 普通に改名するとか言い出した。コイツもコイツで、もう自分が妖怪だってこと忘れてるのではないか。


 座敷童子は、注目せよと言わんばかりに立ち上がり意気揚々と声をあげる。


「……聞いてください! 私の名前は、ジョゼ・クリスフィーヌ! ジョゼとお呼びください!」


「なんで外人みたいな名前なんだよ。とりあえず座れ、わら子」


(寝言は寝て言え、わら子)


 俺達の完璧に冷え切った空気を感じとったのだろう。座敷童子は無言のまま席に座る。ちゃんと空気は読める娘になってきたようだ。


 ただ、煮物をつつく姿に哀愁を感じる。ちょっと、可哀想になってきた。


(ピンポーン)


 そんな中、不意にインターホンが鳴り響く。


「あれ? 珍しいですね。誰か来ましたよ?」


 座敷童子の言う通り、この家に来客など滅多に来やしない。


 せいぜい来たとしても、あなたは神を信じますか?系なので基本シカトだ。ただ、玄関先から感じ取った気配に、俺は顔をしかめる。


「……めんどくせえのが来たな」


 立ち上がり、インターホンのモニターを表示する。そこに立っていたのは、金髪ギャルだった。

 とりあえず見なかったことにして、自席に戻り漬物をかじる。


「あれ? いいんですか?」


「ああ。タチの悪い勧誘だ。気にするな」


(ピンポーン) (ピンポーン) (ピンポーン)


「……めちゃくちゃ鳴らしてきてますよ」


「タチの悪い勧誘だ。気にするな」


 座敷童子は鳴り止まないインターホンに、オロオロとしている。

 対して、かぐやは玄関先にいる存在に既に気づいているようだ。イライラしながら戦闘態勢をとっている。


(翔也様。私が行きましょうか?)


「いや、いい。ほっとけ。構えば構うほど調子こくタイプだ」


(……ドンドンッ! ドンドンドンドンッ!)


 俺達の完璧なるスルー体制を感じ取ったのか、どこぞの闇金取りたてレベルでドアを叩き出す。それでもスルーする俺達に痺れをきらし、遂にその存在はドアの前で喚き出した。


「私、メリーさん!! 今、あなたの家の前にいるのおおおおお!!」


「うるせえなっ、わかってんよ! 近所迷惑だから帰れ!」


「……」


 俺の返答にとりあえず大人しくなり、玄関前から気配がなくなる。しかし、こんなことで引き下がるタイプではない。諦めて帰った訳ではないのだ。


 ため息をつきながら、俺は後ろを振り返る。

 

 そこに、案の定ソイツはいた。


「えへへ、私メリーさん! 今、あなたの後ろにいるの!」

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