普通に発育している座敷童子に取り憑かれたので、とりあえず同棲生活始めます

フー・クロウ

一章 第一節

座敷童子、取り憑く

「なんで、俺の家に勝手にいる?」


「……えっと。私、座敷童子なので……」


「それはさっきも聞いた。座敷童子だからって不法侵入していいの?」


「あ、あの。私、妖怪なので……不法侵入とかそういうところ責められるのはちょっと違うというか……」


「普通はインターホン鳴らして、"座敷童子ですが、失礼してもよろしいでしょうか?"って家にあがるだろ。社会の常識なんだけど」


「ご、ごめんなさ……ひ、ひっく……うっうううう……」


 泣かせてしまった。

 まあ、彼女の主張もわかる。妖怪に法律遵守なんて求めるものではない。


 だが、こいつらは人を脅かし、困らせ、時には危害を加えたりする。それを"妖怪だから"という理由で見過ごしているからつけあがるんだ。


 座敷童子に関しては幸福を呼ぶ妖怪などともてはやされているが、とんでもない。

 朝イチからの大学を終え、深夜までのバイトをこなし、やっと疲れ切った身体を癒やせると我が巣窟(アパート)へ帰ってきた俺の気持ちをコイツは踏みにじった。


 さぞ当たり前のようにソファに居座り、"私、座敷童子ですけど?" "あなたに幸福届けにきましたけど?"的なドヤ顔で話を進めようとしてきたところで、俺はキレた。

 

 そして俺はそんな座敷童子をソファから引きずり下ろし、正座をさせ、説教をかましている。疲労困憊の家主を労わらず、礼儀もクソもないヤツが幸福を呼び寄せられるものか。



「そもそも、童子のはずなのに見た目の年齢俺と変わらんし」


「そんなこと言われても……」


「せめて三歳児くらいのおかっぱ幼女がひょこっといたら俺も強く言わなかったかもだけど。君、完璧に発育しちゃってるじゃん。しかも、ここ洋室だし。座敷でも童子でもないよね」


「そ、そんなこと言われても……」


 この人何歳に見える?と問われれば、十八くらいという答えが妥当であろう外見をしている。身長や胸も成人女性の平均ほどはあり、くりっとした大きな目やスッと通った鼻筋を見る限り、とても幼子には見えない。


 何より、座敷童子といえばおかっぱ頭のイメージなのだが、この娘はショートボブっぽく流行りにのって仕上げてきている。前髪パッツンにしてやりたい。

 ただ、申し訳程度に着物は着ている。オシャレを意識しながら座敷童子っぽさを出そうとあがいてる感じが、さらにイラッとする。



「まったく。この前もメリーに迷惑かけられたばっかなのに……」


「えっ、メリーって……まさか、メリーさんですか?」


「なんだよ。あんなやつに、"さん"つける必要ないよ」


「いや、そういう話ではなくて……よく、無事でしたね。普通は狙われたら助からない、上級の怪異ですよ?」


「まあ、俺鍛えてるから」


「だから、そういう話ではなくて……」


 珍妙な生き物を見るかのように、座敷童子は俺のことを上から下までジロジロ見ている。


「アイツに関しては、マジでタチ悪かったなあ。こっちはレポートの締め切りで必死なのに、イタズラ電話かけまくってきてさあ」


「イタズラというか……まあ、あの。あなたに近づいてますよって報告かと……」


「いらん、いらん。そんな、報告。用事あるなら、普通にインターホン鳴らせ」


「えっと、そうですね……」


 座敷童子は何かを諦めたような顔で、目を逸らしている。俺がおかしなことを言っているかのような空気感を出さないでほしい。


「結局メリーさんは来なかったんですか?」


「来たよ。途中から電話ガン無視してたら、いつの間にか包丁持って背後に立ってやがった」


「……それで、どうしたんですか?」


「迷惑電話、不法侵入、銃刀法違反。いくつ罪を犯したと思ってんだ。反省するまで説教かましてやったよ」


「さ、さすがですねえ」

(なんか、ヤバい人の家来ちゃった……)


 それにしても、この座敷童子もそうだがメリーも妖怪には見えなかった。普通に金髪ギャルだったし。ネイルとかしてたし。


 最近の妖怪は変に洒落気づいてやがる。日本の妖怪としてもっと雰囲気出してやろうという気概が全く感じられない。



「ところで、さっきの話に戻るけどさーー」


「あっ! わ、私、急用を思い出しました! そろそろ行きますね! この度は本当に申し訳ありませんでした! ではっ!」


 軽く会釈をし、慌てるように座敷童子は立ち上がった。こちらの反応など待たずに、真っ直ぐにスタスタと玄関まで歩いて行く。


 そもそも、用事あるやつが幸福なんか届けにくるか。バレバレの嘘ついて、何を普通に帰ろうとしてるんだ。


 "ドンッ!"

「ーーっ! 痛っ!」


 衝突音が聞こえたと共に、座敷童子は頭をおさえてうずくまった。玄関のドアは開いていて、彼女が何にぶつかったのかわからない。

 そして、何が起きたのかわからないのは俺だけではないようだ。


「えっ……なに!? なんで……なんでっ? なんで!?」


 座敷童子はこの家から出るために何度も歩みを進めている。しかし、玄関に見えない壁でも貼られているようで通ることが出来ない。


 透明の障害物に対し、押す、殴る、蹴りを入れる、タックルをする。彼女はあらゆる手段を用いて突破を試みた。だが、何をしても通ることが出来ない玄関を前に、遂に悟った。


「で、出れない……」

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