夜明けの王国、あるいは少年の日の終わり
天宮ゆきと
第1話 それで満足
僕の世界にはハッキリと線が引かれている。
それはつまり、僕が今住んでいるこのホツエン村か、それ以外ということである。
だから、この村の外のことはよく分からないし、分からなくてもいい。
なぜなら、僕はこの村の中で生き、そしてこの村の中で死んでいくのだから。
でも、それが嫌だといっているわけではない……むしろ、それで満足なのだ。
別に多くを求めない、今のままでじゅうぶん。
よって、僕の世界はこの村で完結する、それでいいのだ。
「こ~ら、青豆だけどかしてないで、ちゃんと食べなさい」
「リズのいうとおりだぞ、ノクト? そうじゃないと、俺みたいにデッカイ男になれないんだからなっ!」
「……は~い」
クッ……この苦くて粉っぽい青豆というやつは、どうしても線の内側に入ってこようとするみたいだ。
仕方ない、母さんと父さんに気付かれないよう今度はもっとさり気なくいくとしよう。
「だいたい、青豆を無駄にする余裕なんてウチにはないんだからね!」
「そうだぞ~? それにこんなもん、ガッと口に放り込んで、ガッと食えばすぐだろ? ほら、ノクトもガッといっとけ」
「ガッと……ね」
そんなふうに勢いでなんでも解決できると思っている父さんには、ある意味において尊敬の念が湧いてくるよ。
……なんてことを思いつつ青豆を咀嚼しているが、やっぱり不味いものは不味い。
でもまあ、こんな不味いものでも食べられるだけありがたいと思わねばならない……らしい。
「……ごちそうさま」
「ちゃんと食べたみたいね、よし、ノクトは偉い偉い!」
そういって母さんに頭をなでられる。
正直、そろそろ恥ずかしいのでやめてもらいたいところなんだけどな……
「よっしゃ、食べたな! それじゃあ、食後の剣術稽古に行くぞ!!」
「分かった、部屋から木剣を取ってくる」
「おう、急げよ!」
父さんはいつも元気いっぱい。
そのあり余る元気で、僕に剣術の稽古を付き合わせてくる。
とはいえ、僕も体を動かすことが嫌いというわけでもないからいいんだけどね。
ただ、そのテンションに付き合うのはちょっとしんどいかもしれない。
「ほらノクト! そんなチンタラしてたら青春が逃げちまうぞ!!」
「……は~い」
そうはいっても僕はまだ12歳。
まだまだ慌てるような年頃じゃないと思うんだ。
時の流れをゆっくりと味わう、そんな風流こそが青春よりも大事にすべきことなのではないだろうか?
そんなことを考えながら部屋に向かっていると、後ろから両親の会話が聞こえてくる。
「……あののんびりとした性格、誰に似たのかしらねぇ?」
「少なくとも俺じゃないだろうなぁ……う~ん、ひょっとすると俺の親父か?」
「そういえば、お義父さんものんびりした人だったわねぇ……」
「ま、キメるところはキメる親父だったからな! ノクトも親父に似てここぞってところではビシッとキメる男だろうさ!!」
「……だといいけど」
ふぅん? 僕は爺ちゃん似なのか……
その爺ちゃんであるが、数年前にお空の国に引っ越してしまった……そう、亡くなったってことだね……
本当にのんびりした人なら、もっとゆっくり向こうに行けばよかったのに……
僕の記憶に残る爺ちゃんは、いつも揺り椅子に座ってのんびりうたた寝をしていたなぁ。
うん、あの姿はとても理想的だった……
そう思う僕は、やはり爺ちゃん似なのかもしれない。
……おっと、あまり父さんを待たせるのもいけないな、早いところ木剣を持って庭に出よう。
「やっと来たか! それじゃあ、まずは基本の素振りから行くぞ!」
「……は~い」
「ほら、『はい』は短く元気に! いつもいってるだろ?」
「……はい!」
「よし! それでいい!!」
はぁ、本当に父さんは暑苦しいねぇ。
「うむ、もう少し覇気が欲しいところではあるが、太刀筋は悪くないぞ! その調子であと100回!!」
「……はい」
「どしたどしたぁ! そんな気合じゃ、モンスターは怯んじゃくれないぞ!?」
「……はいッ!」
そんな掛け声ぐらいでモンスターが怯むとは思えないけどね……まあ、それは黙っておこう。
「……はぁ……はぁ……終わった」
「おう、ようやく体が温まってきたみたいだな! それじゃ早速、模擬戦だ!!」
「……もう、ちょっと……休ませて……」
あれから素振りは100回で終わらず、500回まで続いた……だからお願い、休ませてぇ……!
「何をいってるんだノクト! そういってモンスターが休ませてくれるわけないだろ!!」
「……だってぇ」
「だっても何もない! 連戦に次ぐ連戦! それが戦いってもんだ!! 分かったらほら、構えろ!!」
「……はひぃ」
父さんはいつもこうだ……僕の体力なんてお構いなし……
そりゃ、いってることは分かるんだけどね……でも、もうちょっと手加減して欲しいなって……そう思うんだ。
「……いったぁ!」
「駄目じゃないか、簡単に木剣を手放しちゃ!」
「いや、だって……手が痺れたんだから……」
「痺れても握っとけ! いや、死んでも握っとけ!!」
「そんなムチャな……」
「い~や、ムチャじゃない! 武器を手放したらそれこそ命に関わるんだからな!!」
父さんは爺ちゃんじゃなくて、オーガに育てられたんじゃないだろうか……
いや、実際にオーガっていうのを見たことはないけど、それぐらいおっかないモンスターだって話だからね。
「ほらほら、さっさと木剣を拾え! もう一戦行くぞ!!」
「はぃぃ……」
「ほれ、お前のガッツを見せてみろ!」
「うぅ……」
誰だよ! こんな生活で満足してるなんていったバカは!?
……そりゃ僕だよ!!
ははっ……はは……はぁ……しんどい。
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