短編奇話~地元探索記~(不定期更新)

@nanashino774

1 トンネルの光

 

  さて……どんな噂があったかな?


 揺れる電灯の紐を見つめながら『俺』、堺見さかい  あきらは考える。

 『不気味な不審者情報』……『カラオケ屋の何故か利用不可の一室』……『古井戸の底にはカルトの儀式場がある』、なんてのもあったっけ……

 あれやこれやと考えていると棚に置かれたLEDの懐中電灯が目に入った。


「懐中電灯……光……あっ! 『トンネル』に行こう!」


 連想ゲームの成功に声が大きくなる。

『トンネル』とはこの町の外れにある照明すら無い古いトンネルのことで、山をくり抜かれて作られたそれは、正直トンネルと言うにはお粗末な出来だ。

 一節にはどこかの個人が山の向こうにある神社に通いやすくするために作ったなどと言われているが、その神社も御神体は既に移転され、当の神社はもぬけの殻だそうだ。可哀想に。


 そんな『トンネル』だが不気味な噂が囁かれている。


 それは、こんな噂。

 

 暗いトンネルを一人で歩いているとあることに気づく。

 何時まで経っても出口にたどり着かないのだ。

 恐怖に駆られ走り出しても出口は一向に現れない。

 絶望し、恐怖の叫びを上げる程に衰弱したときに、目の前に何かが現れるそうだ。


 何が現れるのかは伝わっていないが、噂なんてそんなもんだし、それを確かめに行くのだから何も問題はない。

『俺』は鞄に懐中電灯をしまうと、寝ている両親を起こさないように家を出た。

 

 昼間とは違い、外灯と月明かりに照らされた町並みを自転車で駆けていく。

 しばらくすると、景色は町並みから自然豊かで虫達が喧しい森へ変わっていく。昼間であれば、虫達も大人しいだろうし、気持ちの良い森林浴ができたのかもしれないが、夜の闇に包まれた木々はさながらこちらを凝視してくる長身の人間のようで気味が悪かった。


 古ぼけたバス停が見えるところでブレーキを掛ける。

 今は使われていないバス停の先にはお目当ての『トンネル』が口を開けて待ち構えていた。

『俺』は鞄から懐中電灯を取り出し、『トンネル』の周りを照らしてみる。


 入口付近には申し訳程度のバリケードが置いてあるがこれは難なく乗り越えられるだろう。

 次は『トンネル』そのものを照らす。

 入り口は然程大きくはなく、徒歩で入るなら問題はないが車で入るとなると戸惑う、そんな大きさの『トンネル』だ。

 もしかしたら、個人で作ったという噂は本当なのかも、そう思った。

 懐中電灯を向け、『トンネル』の中を照らしてみるが、奥まで届かず闇に呑まれていく光を見て唾を飲む。

 

 噂ではこの中で絶望すれば、目の前に『何かが』現れる……

 その何かを確かめて明らかにすれば、退屈だった夏休みも良いものだったと思えるだろう。


『俺』は懐中電灯を握る、汗ばむ手に力を込め、静かな闇の中に足を踏み入れた。



『トンネル』の中は外とは打って変わって静かで、夏だというのにひんやりとしていてる。病院とかにある霊安室はこういった感じなのだろうか?

 そんな考えを首をブンブンと振り、消し飛ばす。想像力が豊かなことは『俺』の長所だと思っているが……

 今に限っては、少しばかり大人しくしていてほしいと思う。


 トンネルを歩いていると、天井からピチャンと落ちていく水の音が定期的に反響している。結露だろうか? それとも、山に濾過された元雨水だろうか?

 

 そんなことを考えながら歩き続ける。

 歩き続ける。

 歩き続ける。


 しばらく経ってから、立ち止まる。

 おかしくはないか?

 もう、かれこれ一五分は歩いている。

 出口にたどり着くことはなくても、出口の姿すら確認できないのはおかしい。

 ひんやりと冷え切っているのにも関わらず、汗が背を垂れていくのを感じる。

 止まっていた足を走らせ、出口に向かっていくも、懐中電灯が照らすのは終わりのない闇ばかりだ。

 体力に限界が来て、再び立ち止まる。

 そこで気がついた。

 何も音がしない。

 先程まで聞こえていた水音だけではなく自分の呼吸音すら聞こえない。

 海中電灯を持つ手が震える。

 その場にうずくまり、頭を抱える。

 水音も荒れた呼吸音も高鳴る心音も、何も聞こえない。

 俺は本当にここに存在しているのだろうか?

 先程まで確かだった事実すらも疑わしくなる。


 そんなときだった。


 光が、見えた。

 神々しく輝くそれは・・・神の救いに見えた。

 ふらふらと足が光に向かって動いていく。

 一歩、また一歩と光に近づいていく。

 あと少しで光の中……というところで手から懐中電灯が滑り落ちた。

 反射的に落ちた懐中電灯に目を向ける。

 光とは反対方向を照らす人工的な光は、先程まで自分がいた闇を薄っすらと照らしていた。


 それを見て、ふと思う。そういえば光ってこんな感じだったな、と。

 そう思った瞬間、背後の光が恐ろしくなった。

『俺』は落ちた懐中電灯を急いで拾い、絶対に振り向かないように全力で闇に向かって走り出した。

 もし、もう一度あの光を目の当たりまのあたりにしたら……きっと誘惑に負けてしまうと思ったから。


 しばらく走っていると、入ってきた入り口が見えた。時間にして五分も経っていない。

 

 バス停に停めてあった自転車に飛び乗ると脇目も振らずにその場から離れた。


 

 帰路、住宅街にある公園へ、一息つくために立ち寄る。

 自動販売機でオレンジジュースを買い、ベンチに座り「あれ」は何だったのかを考える。

 進むと何時までもたどり着けない『トンネル』は一見、入った者を絶望させる、悪質なものに感じる。

 しかし、悪意があるならあんなに簡単に後戻りができることに疑問が出てくる。

 それに……あの光からは悪意的なものは一切感じなかった。それどころか、善意に満ち溢れた神々しさすら感じた。

 だが、きっとあのまま進んでいたら、もう戻ることは出来なかったかもしれない。

 

 だから、あの光はきっと『俺』達では理解の出来ない奴が仕込んだ「希望に見せかけた誘蛾灯」のようなものなのではないだろうか?

 そうなると、あの先にある神社跡地が気になるが……生憎、もうあの『トンネル』には近寄りたくない。


 だから、この話はここで終わろう。

 

『トンネル』の噂が事実であったことが分かっただけでも十分さ。

 また明日に備えて、今日はもう帰ろう。


『俺』は飲み終えたオレンジジュースの空ボトルをゴミ箱に放り入れ、再び帰路についた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る