第32話 経緯説明 方針決断
暴虐の紫電が去った後のB5フロア、司令室。
「クソ……舐めた真似をしてくれる……」
苦々しく呟きながら部下の差し出してくる手を支えに立ち上がる。
「ジネット隊長、お怪我は!?」
「これぐらいどうってことはない……あの女狐、俺をぶん殴る直前で動作補助を切りやがった」
「それは……何故?」
「さぁな、俺はその理由は知らん」
まさか本当にEN切れ寸前だったのか、それともただの驕りか。
「ハァ、まぁいい。状況を整理するか。この部屋の生き残りは……」
「はい、この部屋の生存者は12名、内欠損などの戦闘続行困難とみなされる重症者4名」
「随分とやられたものだな……」
実質動けるのは8名。42名を単騎で削られた計算になる。化け物め。まぁだがアレと接敵して全滅しなかっただけ僥倖か。
それに、フロアは全て制圧し終えた。後は基地内を捜索して目標を確保すれば終わりであることを考えると、任務遂行の上で問題はない。
「よし、動ける奴らを纏めろ。上階の連中と合流し、目標を確保する。電子制御に心得のあるやつは出入り口のロックを解け」
「また奴と接敵した場合はどうしましょうか?」
「上階まで引きつけて地上に放り出せ。<N-ELHH>ひしめく戦場に長時間置き去りにすれば戻ってこれまい。それに先程の我々の奮戦で手傷も相当に重い。接敵場所を選べれば撃退までは追い込めるかもしれん。」
「了解」
B6階、地下ジャンクション。
「というわけで、状況説明だ」
我らが総司令官、奏栞は状況に似合わぬ明るい声でそう告げた。
「大丈夫……なんですか、栞さん?」
雨衣ちゃんが心配そうな声を出すのも当然。薄いグレーの<Ex-MUEB>のアンダースーツに包まれたその肢体は血に塗れ、傍目に見てもボロボロと言わざるを得ない有り様だった。というかこの状態で仰向けにブッ倒れておいて心配するなと言う方が無理がある。
「あぁ、これ?連中にしこたま撃たれてね。酷いことをするものだよ全く。<Ex-MUEB>の戦闘中治癒のおかげで一応もう傷は塞がってるから安心してくれ給え」
「まぁ無事ならそれで良いんだが……その『連中』ってのは?」
「国共軍。」
「こっきょう、ぐん?」
「……何だそりゃ、俺も聞いたこと無いぞ」
「そう。正式名称『国際共同体軍』。組織としては正直零細だし知らなくても無理はないよ。裏を返せばその零細に一杯食わされたってことでもあるんだけどね……」
「それで、どういう組織なんですか?」
「そうだね。奴らの成り立ちは<最終戦争>にまで遡る。知ってるだろう、<最終戦争>は」
「あぁ、10年前、人類種の継続そのものに関わる危機を前にその権限を強め各国の軍隊を自らの管理下に置いた『国連軍』が実行した<N-ELHH>に対する最大規模の反攻作戦。
『人類は史上始めて核廃絶を実現した』とまで言われたその猛烈な戦火は世界各国に及び、建造物などの物理的なものばかりでなく宗教、金銭、倫理などの形而上の価値観すら破壊。
先進国とされた国家はほとんどが滅亡し、作戦終了時の総人口は<N-ELHH>発生前の6割にまで減少。
地表は荒廃し、人類は地下世界への移住を開始した。
このように、<最終戦争>とは現行世界への移行の引き金を引いた戦争である……だったか。アカデミーで習ったな」
「はい、私も概ねそんな風に教わりました」
「そこまでは有名だが、その後の顛末って言うのは余り知られていない。
みんな日々の暮らしに精一杯で、戦後処理どころじゃなかったからね。
作戦終了後、兵力、戦力を大いに損耗した『国連軍』は維持が不可能になり解体されることになった。
その際、残存将校達は合同で反<N-ELHH>組織を立ち上げた。それが……」
「<UN-E>。この組織だな」
「その通り。けど、全ての将校が<UN-E>の設立を承服したわけでは無いのだよ。
理念の違い、とでも言えばいいかな。<UN-E>を設立した将校は最期の一瞬まで戦い抜くべきだと主張したが、怪物たちの脅威の前に絶望に憑かれた将校もいた。人類の滅びが変えられないなら、せめて穏やかな死を。そう願った彼らは当然<UN-E>とはそりが合わない。
その内内部分裂して出来上がったのが『国際共同体』。今回の襲撃者たちはその実行部隊の『国際共同体軍』だ。
それでまぁ、こんな成立経緯だからウチとはとことん仲が悪い。いままでも物資輸送の妨害とかごく小規模な嫌がらせはあったにはあったが、まさかここまで強硬な手段に出てくるとは……読み違えたな」
「なるほど」
「今話した成立経緯から考えると、彼らの目的は変わらず<UN-E>の戦闘行為の即時停止……そんな感じだろう。だが勢力に勝るこちら側がそれを取り合う必要はない。……となると、<UN-E>内部の権限を掌握して『国共軍』の統制下に置く、その為に本部基地と権限の大多数を握る私を叩く。合理的だね。」
「……え、じゃあここでゆっくりしてるのってマズくないですか!?動かないと!」
「いや、それは大丈夫。この地下ジャンクションは制御不能だったり安全性が確保できなくて没になった兵器の試作型も保管されている関係で、クリアランスレベル6相当の機密に設定されているからね。内部の人間でもこの空間の詳細は明かされていないし、外部には存在そのものすら隠匿されている。」
「それで、ここからどうする?」
「まず前提として、撤退は論外。ここが最下層で、他施設へのゲートがB1フロアにしかない以上、この基地から脱出するには敵ひしめく上層階を突破するしか無いが……現実的じゃない。」
「B3フロアの出撃口を使ってビークルで脱出するのはどうだ?これなら突破する階層は少なくて済む」
「いや、厳しいだろうね。電力が落ちてるからカタパルトが起動できないだろうし、そもそもビークルの大半が先日の作戦でオーバーホール中だ。一応スクランブルに備えて数台は動かせる状態だが、そういう機体こそ優先的に抑えられているだろうし」
「そうか……」
「となってくると、実現可能な範囲で有効なのは指揮官を叩いての無力化になる」
「大将首狙いだな」
「それはそれで難しそうですけど……周囲に護衛も付けてるでしょうし」
「そうだね。だから分断する。たしか、この階層に廃棄バッテリーが死蔵されてたはずだ。それを接続できれば司令室から各種隔壁の操作ぐらいならできるはず。それで首尾よく分離に成功させられたら、1vs1の状況で指揮官を捕縛、ないしは殺害する」
「その指揮官に目星はある程度ついてるんだよな?」
「あぁ、一人は交戦した。その時に顔のガスマスクを叩き割ったから兵士の中にいても目立つはずだ。名前は……ジネットだったかな。それで、そのジネットっていうのは現場指揮官っぽい言動だったんだよ。だから多分……基地の外の安全圏に誰か「その上」がいる」
「作戦指揮官って所か」
「そう、そいつを基地内部に誘い込まなきゃこの作戦は成り立たないんだよね……」
「……声真似か何かで味方からの任務完了伝達を偽装して引き込むのはどうでしょう?」
「う~ん、ありだね。それでいこう」
「じゃあ、整理するぞ、まずエネルギー管理区域への侵入と廃棄バッテリーの配線、次に司令室の奪還、隔壁を操作して推定敵現場指揮官の『ジネット』を孤立させたのち、これを撃破。その際通信装置を奪取し、作戦指揮官に陽動をかけて内部に引き込む。これも撃破したのち、敵部隊に撤退を促す。こんな感じか?」
「うん、そういう流れで。言っても急ごしらえの作戦だから所々穴があるだろうけど、そこは臨機応変に」
「ンな適当な……」
「——出来るだろう?なにせ君たちは『総司令官直属』特務実証部隊なんだから。
じゃ、始めようか。各員の奮戦に、期待するよ。」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます