第29話 制圧戦

「C4!起爆する!ゲートから離れろ!」


配下の隊員の叫び声と爆音と共にゲートが弾け飛ぶ。

軽く息を吸い込み―――


「突入開始!」


ダカダカと床を踏み鳴らし内部に侵入する。

スプリントし、落ち着ける物陰に身を潜めた後インカムを起動。


『制圧部隊、状況知らせ!』


上官であるアーノルド中尉の声が通話越しに響く。


「こちらブラボー・ワン。αゲートを突破し、本部内に踏み込んだ。準備完了だ」


『ブラボー・トゥーも同じく。』


『ブラボー・スリー、待機場所到達』


『ブラボー・フォー、何時でもどうぞ』


『ブラボー・ファイブ、こちらも大丈夫だ』


『よし、他隊と協調を取りつつ内部に侵攻せよ!』


<UN-E>本部基地のB1フロアに存在する出入ゲートはちょうど花びらのように五箇所に分かれている。そのそれぞれをα,β,γ,δ,εゲートと呼称し、ブラボー・ワンからファイブの五小隊がそこから侵入。逃げ道を断った上で、包囲を徐々に狭める形で制圧していく。ちなみにB1フロアには作戦に使用されるゲートとは別に、地上へとつながるゲートも存在する。が、<N-ELHH>ひしめく地上へ上がるのは逃げるどころか実質的な自殺行為だ。よって無視して良い。


作戦目標は敵保有戦力の無力化と総司令官「奏栞」の殺害ないしは確保を行うこと。


それに加え、『総司令官直属特務実証部隊』の部隊員二名「沢渡京」と「天音雨衣」の確保も作戦目標に入っている。

……これについてはよく分からん。総司令官直属と言え、所詮は戦場ではただの兵士。わざわざ確保する必要があるのか?しかも「奏栞」とは違い多少の傷はともかく殺害は可能な限り避けろと来た。上の連中の考えることはよく分からん。


工作員二名の奮戦により、<UN-E>本部基地は一時的に停電している。当然、電力をリソースとする内部のセキュリティシステムはダウンするし、突然のことに内部の人員の対応は鈍る。そうしたイレギュラーはいずれ対応されてしまう。故に求められるのは素早さ。


作戦前ブリーフィングの内容をしっかりと思い返し、背後で控える部下達にハンドサイン。突撃だ。


アサルトライフルを腰だめに構え、駆ける。


「何だこいつらッ……ガァッ!?」


職員の驚きの声は銃声がかき消した。胸に三発。血を吹き出し崩れ落ちる肉塊を尻目に駆ける。


『急げッ!一刻も早く第三階層の兵器庫を掌握するんだ!"アレ"を持ち出されたら作戦もクソもなくなる!』


通信から声が響く。

"アレ"とはコイツらの主力兵装である<Ex-MUEB>とかいうパワードスーツのことだろう。何回か戦闘資料を見たことがあるが、確かにアレを纏った人間の戦闘力は圧倒的だ。武装したとは言え俺たちは所詮人間。ブラボー・ワンの20人全員で掛かろうと真の『超人』には勝てはしない。なんせ銃弾が何発入ろうとかすり傷一つにもなりゃしないのだ。こっちはただの腹パンで胴に風穴開けられて死ぬ。やってられたものではない。

故に、この作戦の初期フェーズではどちらが早く兵器庫を掌握できるかが勝敗を分けると言っても過言ではない。最初にして最大の詰まりポイント。


「クソッ!<着装者>を呼べ!アイツらは……グッ!」

「兵器庫に近い<着装者>にコンタクトは!?」

「ダメだ!通信が死んでる!声が届く距離でもない!チクショオッ!」

「時間を稼げ!これに気づいた<着装者>が兵器庫に辿り着く時間を……ギぁッ!?」



非武装の職員を撃ち殺しつつ奥に進んでいく。

―――拳銃の一つや二つ携行して反攻に出るヤツもいるだろうと思っていたのだが、とんだ買いかぶりだったか?まぁ、人間を相手にしたことが無い甘ちゃんなんてこんなもんだろう。


「……副隊長含め10人!先行して兵器庫を抑えに行け!これならB1フロアの制圧は半分でもどうとでもなる!それより兵器庫に辿り着かれる方が不味い!現場指示は副隊長に任せる!」


「「「「了解!」」」」


頼もしい叫び声を上げながらに部隊の半数がマズルフラッシュを閃かせながら先行。

第二階層へと続く階段へ向け走り出す。

それを見届けた後、自分たちも掃討しながら奥へ奥へと突き進んでいく。

そして、


「えぇい!」


「―――いるじゃねぇか、気骨のあるヤツ」


物陰から飛び出し、カッターナイフで俺の頸動脈を狙って来た男の一撃を銃剣で受け止める。

気配を気取らせない潜伏能力、しなやかかつ躊躇いの無い一撃、そして俺をリーダーと見抜く観察眼。なかなかのものだ。コイツが例の<着装者>ってやつの一人か?

―――だが。


「勝てねぇんだよなぁ、生身じゃ」


「ゴッ!」


刃を滑らせ体の向きを変え腹に中段蹴りを見舞う。衝撃で一歩退いた相手にストックでの殴打を仕掛ける。最初に振るった縦振りは避けられたが、続く二撃目と三撃目がこめかみと肋にそれぞれ入る。両手で銃身を回して持ち替え、脇腹に銃剣で刺突を叩き込む。


「ギ、あッ!」


対刃加工も何もされていない布地は研ぎ澄まされた牙を防ぐには到底足りず、あっけなく切っ先が容赦なく食い込んだ。悲鳴と共に迸る鮮血。感触と出血量的に臓物まで達した。致命傷、程なくコイツは死ぬ。だからと行ってまだ立っている以上手を緩める道理もないが。


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!」


激痛に怯みつつも相手が決死で組り出した一撃が胸に向かうが、そこは残念ながらチェストプレートの上だ。刃は通らない。圧力に耐えかねナイフがへし折れる。

空中に舞った刃に絶望に染まった男の顔が写り、カランと落ちた。


相打ち上等の一撃を流され宙を泳いだ左腕を捕まえ、銃身と肘で抑え込んでへし折る。


「グガッ」


体を入れ替え様にストックで顔面をもう一発張る。


「ガッ」


右腕だけで放たれた無様な拳打を受け止め、胸を突き刺す。


「あがッ」


突き刺した銃を両腕で振る。血で湿った刃はあっさりと体から抜け、男の体は放り出された。勢いのままボロ切れのように血を転がっていく。


―――終わりだな。



「おい。」


左手を挙げた後、弾き飛ばされ蹲る敵を指す。

それを受けて歩み出た部下数名が硬質な音と共に銃身を跳ね上げ、


「グァァァァァッ!!」


無数の銃声の中、勇士は挽き肉に早変わりした。


「お怪我はッ!?」


「どうってことはない。さっさと行くぞ」


さっきの男が死んだ先が進行方向だ。

ぴちゃりと血溜まりに足を踏み込んだ瞬間、ひゅーひゅーと風切り音混じりの絶え絶えの声がした。


「何、が目的、かは、知らん、が……呪、われる、ぜ?こんなコト、しちゃあ」


「ん?」


驚いた。まだ息があったか。

だがまぁ、だから何だという話だ。応えは決まりきっている。


「……?」


当然の話だ。

俺たちは与えられた指示に、降された指令に従って敵を撃ち、討つ。そのための存在だ。言ってしまえばただの道具に過ぎず、そこに死者の妄念の取り付く余地は無い。

第一呪われる云々なぞ無為な戦いで命を擦り減らし続けるお前達に……いや、これは価値観の相違か、不毛だな。

思考を打ち切る。


「それが、本心、なら、テメェは……紛れも、ない、怪物だ……それ、相応の、末路を……」


対象の無力化を確認。今度こそ立ち上がることは無いだろう。

まだB1フロアの制圧は不完全だ。ブラボー・トゥー以下他小隊との合流を目指すのが先決か。


「行くぞ」


手負いの獣の気迫に圧されたか、立ちすくむばかりの部下に声を掛け、廊下を再び歩き出した。



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