第7話 お前じゃなきゃダメなんだよ……

『おい、待て』


「なんだよ。オレの訊きたいことは今ので全部だが?」


 ミノリはオレの夢に巻き込まれたんだ。ミノリだって月で死にたかったわけじゃないだろう。いつか地球に帰してやってくれ……。その時、ミノリのご両親には謝ろうと思う。おじさんもおばさんも元気にしているだろうか。


『そうじゃないだろ……』


 ひどく落胆したような声。


「……何が言いたい?」


 あえてオレはとぼけたふりをする。

 コイツが言いたいことなんてわかっている。


『なあ、そうじゃないだろ……』


 ああ、そうじゃないよな……。わかっているさ。


『俺がなんでお前に連絡したと思う? もう何年も音信不通だったお前に、わざわざミノリちゃんのことを連絡したと思う?』


 ミノリちゃん、ね……。

 薄々感づいちゃいたけど、やっぱりそういうことだよな。まあ、誰が誰とどうなろうと、オレの知ったこっちゃないけどな。


「おい、回りくどいの話だ。はっきり言えよ。うだつが上がらないサラリーマンには、宇宙省の官僚様の言いたいことなんて見当もつかねぇな」


 オレにできる精一杯の強がりだった。


『なあ、マコト。お前にはわかっているんだろう……。ミノリちゃんがさ、いなくなっちまったんだよ……』


 泣きそうな声。もう電話の向こうでは泣いているかもしれない。

 そう言えばコイツは体も弱くて泣き虫だったな。いつもオレの後ろをついてくるようなやつだった。


 ミノリもそうだった。


『マコトは俺たちの……ミノリちゃんのヒーローだろ……。いつかみたいに、ミノリちゃんを助けてくれよ……』


 そうだ。昔はオレのほうが何でもできた。

 勉強も、運動も、人気だってクラスの中心で――。


 でもそんなのはもう遠い過去のことだ。


「お前が助けろよ。宇宙省のエリート様なんだろ? お前が見つけ出して……家族のもとに届けてやってくれよ」


 現実を見ろ。

 かたやエリート官僚。かたや平均年収以下の平のサラリーマン。

 オレたちはもう小学生じゃねぇんだよ。


『ミノリちゃんはいつもお前のことを気にしていたよ……』


 もういいだろ。

 そんな話は聞きたくない。

 これ以上惨めな思いをさせないでくれ。


『ミノリちゃんには……お前じゃなきゃダメなんだよ……』


 そんなわけないだろ。いいからエリート同士、楽しくやってくれよ。

 今そばにいるべきなのはお前だろ。


 お前がミノリを救ってやってくれよな。


『いつもな、ミノリちゃんはお前の話しかしていなかったよ……』


 オレの話だぁ? またそんなデタラメを……。

 ああ、そうかい、そういうことかい。

 あんなに調子こいていたのに、国立宇宙大学にも入れねぇ、つまんねぇ男を2人して笑っていたのか? ああいいさ、笑えばいい。オレはもう全部忘れた。宇宙なんてどうでもいい。今の仕事をがんばって、次の昇進試験で主任になるんだからな。


『ミノリちゃんはさ、お前が宇宙飛行士になる日を心待ちにしていたよ。次のJAXAの募集はいつなのか。次こそはお前が宇宙飛行士候補生として合格するんじゃないかってな……』


 オレがJAXAに?

 何言ってんだ。試験なんて受けるわけないだろ。

 そもそももう8年も宇宙関連の情報に触れてすらいないんだからな。


『ミノリちゃんを救えるのはお前しかいないんだ』


「だから救うってお前……。遺体回収なら――」


『違う。ミノリちゃんは死んでない』


「お前何を言って……」


 だってもう行方不明になってから3カ月も経つんだろ?

 事件だって事故だってそんなに経ったら……。


『事件の謎は俺が追う』


「お前……正気か?」


 本気で言っているのか?

 どう考えてもまともじゃないぞ……。


『マコト。お前が月に行って、ミノリちゃんを救ってくれ』


 オレが月に……?


『俺が必ず事件の真相を明らかにする。でも、現場で――月でミノリちゃんのことを救えるのはお前だけだ』


「ああいいよ、ミノリが生きていると信じるのはお前の勝手だ。でもなんでオレなんだよ……。ベテランの宇宙飛行士とか、今月面基地の建設に携わっているやつに頼めよ……」


 オレはただのサラリーマンなんだぞ……。

 無茶言うな。


『ミノリちゃんがお前を待っているからだ』



【わたし、月で待ってるから】


 ミノリがオレを待っている……。



『ミノリちゃんは……お前のことを待っているんだ』


【来年は一緒にここで――】


 そんなこと言われてもオレは……。


『募集は再来年だ』


「なんだって?」


『JAXAの宇宙飛行士候補生だよ。しかも中断している月面基地建設メンバー候補の募集だ』


「……オレに宇宙飛行士の試験を受けろと?」 

 

『ああ、絶対受けろ。俺にできることは何でもする。受験資格のために必要な下駄は履かせてやる』


「……本気で言っているのか?」


 もうすっかり諦めた夢だ。

 オレにとって宇宙は過去のことだ。

 

『ミノリちゃんを救えるのはお前しかいないんだ。……それは俺じゃないだ』


 絞り出すような声。

 

 お前、本気でミノリのことを……。

 だったらなおさら……。


『勘違いするなよ。俺は負けを認めているわけじゃない』


「……だったらなんだよ」


『マコトが俺と同じ土台に立ち、それからちゃんとミノリちゃんに選んでほしいだけだ』


「オレは別にそういうのは……」


 ミノリとは中学以来会ってもいない。

 恋愛感情なんてこれっぽっちも――。


『俺はな……輝いているマコトと、笑っているミノリちゃんが本当に好きだったんだ……』


 オレは……。



『頼む……』



 笑っているミノリ……。




【わたし、月にいるよ】




 オレは――。

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