日常〜いつもの高校生活〜
いつもの教室の風景。仲間達との時間
自分の席に座って今朝の夢を思い返す。
四人の美少女に告白される夢。
なんとも思春期爆発の嬉し恥ずかしの幸せな夢だ。もちろんそれが夢だってのはわかっている。夢と現実をごっちゃにさせた中二病まではいってない。
でもさ、夢の内容を自分の胸という宝箱にでもしまって時折思い出してはニタニタするくらいは許して欲しいかな。
とか、窓の外でザーザーと降り注ぐ雨に言い訳してみたりして。
もう夏だってのに梅雨のやつがボケてやがるのか、まだ雨をちりばめてやがる。
そのせいで体育終わりの教室内は冷房を入れ直したばかりのため、蒸し暑いのなんのって。
俺は鞄から携帯扇風機を取り出した。
「四ツ木くん。ぼくにも風プリーズ」
女の子の声に反応すると、長い髪をポニーテールにした元気印の可愛い女の子が立っていた。
不覚にもドキっとしたのは彼女が夢の中で告白してくれた美少女のひとりだからだ。
「現役アイドルの
「アイドルは汗かかないから」
「その額から流れ出ている雫は?」
「これは……。ええい! とにかく風をよこせー」
「横暴なアイドル様なこって」
携帯扇風機を向けてやる。
「あー生き返るぅ」
なんともまぁアイドル様とはかけ離れた油断した顔なこって。
聖羅は駆け出し中の4人組アイドルグループのメンバー。ノリ良く接してくれる俺の数少ない大事な友人だ。
「四ツ木。私にも風ちょーだい」
ちりんと風鈴でも鳴ったかのような澄んだ声が聞こえてきた。
声の主は空いている前の席に腰掛け、俺の手首を掴んで強制的に自分の方へと扇風機を向けやがる。
「ふぅ。涼し」
風で靡くミディアムヘアが美しくて目を引く。女子バスケ部のエースなだけあり、鍛え抜かれたモデル体型はもはや芸術品。夏の飲料水のCMで海辺を走ってそうな絶世の美女だ。
「七海ちゃん、ぼくの風取らないでよー」
「聖羅は汗かかないんでしょ? わたし汗だくだし」
「ぐぬぅ。自分で設定したからなにも言い返せない」
「この子設定って言っちゃったよ」
笑いながら夏枝が夏の制服の胸元に指を突っ込んで胸元に扇風機の風を送る。
その行為は思春期男子には刺激が強すぎるのですが。
夏枝も夢の中で告白をしてくれた美少女のひとり。
そんな胸元をチラつかせる仕草プラス夢の相乗効果で意識しちまう。
こっそりドキドキしていると、夏枝が見透かしたかのように微笑んできやがる。
「四ツ木の手首の脈、早くなった?」
「美人に手首を掴まれたら緊張するわ」
「おーい。隣に現役アイドルがいるぞー」
むくれながら、聖羅が夏枝とは逆の手首を掴んでくる。
両手に花ってやつだ。
「あ、四ツ木の心拍数が下がった」
「なんでぼくが掴むと平常心になるんだよ!」
こちらの騒がしいやり取りの中、「相変わらずみんな仲良いよね」なんて落ち着いた声が聞こえてくる。
ストレートロングの眼鏡美少女が微笑ましい光景を見る目をしながら隣の席に座った。
小学生の頃からの仲である、
知的な雰囲気の大和撫子といった表現がピッタリの眼鏡美少女だ。
恵まれたボディに対してドキドキしているのと、彼女も夢の中で告白してくれたひとりなのでドキドキが加速する。
夏枝、美月、聖羅による、夢の中での告白トライアングルに囲まれてどこを向いてもドキドキのシュチュエーション。嬉し恥ずかしのサンクチュアリの形成にたじたじとなってしまう。
「美月よ。夏枝に扇風機取られた。風をくれー」
内心のドキドキを隠しつつ、いつも通りに接してみせる。普段よりワンオクターブ声が高くなってるのは秘密だ。
「はいはい」
手のかかる子の相手をしているかのように返されると、机の中から下敷きを取り出し、うちわ代わりにあおいでくれる。
「風加減はいかがですか?」
「最高」
「あ、四ツ木の心拍数が上がった」
夏枝直々の心拍計によると俺の心拍数が上がったみたい。
「ぼくじゃ微塵も上がらないのに七海ちゃんと美月ちゃんの時にだけ上がりやがって」
「聖羅よ。美少女が作り出した風だぞ。興奮するだろうが」
「世津くんキモい」
「そうだぞ四ツ木くん。キモ過ぎ」
美少女ふたりからのキモいは傷つくな。
「四ツ木の言ってることわかる気がする」
予想外に夏枝が同意してくれたので、ニヤリと笑って同志を迎える。
「美少女が作る風の良さを夏枝もわかってくれるんだな」
「キモ」
「キモいとか酷い。もう風あげない」
手を振り解こうとしたが、ガシッと強く握られる。
「こらこら。まだ涼んでるぞ」
「流石は女バスのエース様。凄い力」
「イエイ」
嫌味を言ったつもりが軽くあしらわれちゃった。
「四ツ木に同意したのは美少女の方。わたしがそう思うくらいだから美月は相当美人だよ」
「それは自分が美人だと認めていることになるぞ。ナルシスト発言が過ぎるんじゃ?」
「真実」
単語で論破されちゃった。
「七海ちゃんには到底及ばないよ」
パタパタと手を振って否定する美月からは、「悪い気はしない」って感じが表情で読み取れる。
「少なくとも聖羅には余裕勝ち」
「聖羅ちゃんには余裕で勝ってる」
ふたりは仲良くピースサインで聖羅への完全勝利を宣言していた。
「おいごら。どういう意味だ、あばずれ共」
勝手に比較対象にされた聖羅が至極当然の怒りを露わにする。
もちろん、これが冗談のノリだというのはわかっているだろう。
「この超アイドル冬根聖羅様をなめるな。今度のライブでぼくの本当の力を見してやる」
「ハシャギ過ぎて転ばないようにね」
「転ぶのは仕方ないとしてもさ」
「「自分のメンバーカラーとパンツ合わせるのはやめた方が良いよ」」
「貴様ら! あれは忘れろー!!」
あはは! なんて教室内に俺達の笑い声が響いた。
「せーつー!」
体育終わりに教室内で、夏枝、美月、聖羅の美少女三人に囲まれてうはうは状態だってのに、男臭く図太い声が聞こえてきやがる。
「デュクシ」
キッズ御用達の効果音を放ちながら脇腹をチョップされちゃった。くすぐったくて笑ってしまう。
「てめ、このやろ。おれらに体育の片付け押し付けやがって」
効果音付きで攻撃してきたのは体の大きな短髪の強面、
ヤンキーみたいな見た目だけど精神年齢は小学生である。
「お前、その顔で効果音付けてくんなや」
「顔は関係ないだろ。おらおら、デュクシ、デュクシ」
「あはは! やめろってのー!」
「世津、豪気。男子二人のイチャイチャは目の毒だからやめとけ」
ヤンキーチックのただの良い子とイチャついていると、呆れた顔をした爽やか系イケメンの
「しっかし世津。オレらに片付け押し付けて女子達とイチャイチャとは随分だな」
見た目だけではなく、声もイケメンの陽介は女子にモテやがる。
「なんだよ世津。複雑な感情が入り混じったような顔して」
「ハーレム中にヤンキーとイケメンが乱入して来て不愉快な顔だよ」
「誰がヤンキーだよ!」
豪気の反抗に、スマホのインカメを開いて見せてやった。
「くそヤンキーじゃねぇか! 怖えよ!」
いつものノリでケタケタ笑っていると、ため息ひとつ吐いた陽介が言ってきやがる。
「世津のお楽しみを邪魔したのは悪かったけど、オレ達への粗相の償いをしてもらわないとな。ま、ランチで勘弁してやるさ」
ヤンキー風の良い子をいじっているところで、爽やかイケメンが顔とは似つかないヤーさん発言してくるんですけど。
「はいはーい。ぼくS定ね」
元気印の現役アイドル様の聖羅が、陽介の発言にノリノリで乗っかって来やがりましたとさ。
「学食で一番高い定食をなんで聖羅に奢らにゃならん」
鷹ノ槻高等学校学食名物スペシャル定食。略してS定。ボリュームがスペシャルな代わりに値段もスペシャルに高い。
「ぼくで緊張しない四ツ木くんが悪いんだよ。もっと緊張しろー」
先程の手首の脈の話をしているみたい。あれは夏枝の冗談だろうに本気にしやがって。
「アイドル様が昼飯にS定なんて食べたら太るぞ」
「アイドル様はなにを食べても太らないのだ!」
確かに小柄だ。
スタイル抜群のモデル体型の夏枝を見ると、出るところは出ており、引っ込むところは引っ込んでいるので胸が大きく見える。
美月へ視線を向けると、そりゃもう男子の夢が詰まったかのような巨乳だ。その胸が強調されて同級生なんかは目のやり場に困るだろう。
ふたりの神スタイルを見た後、聖羅を再度確認してから肩をポンっと叩いてやる。
「世の中にはロリコンって言葉がある。聖羅にも需要はあるよ」
「おいごら。どこ見て言った? どちくしょうが」
「アイドル様が汚い言葉を使ってはいけません」
「にゃは。そうだにゃ」
いきなり語尾をコッテコテのぶりっ子キャラに設定しやがると、「みんなー」なんてライブのMCよろしく、周りにいるいつものメンバーに声をかけた。
「今日はこのイケメンのお兄さんがランチをご馳走になってくれるみたいだにゃ。感謝して沢山食べようにゃ」
「「「「おおー!!!!」」」」
「おい待てや。なんでそうなんだよ」
こちらの静止の声は虚しいかな、現場には届かない。
「わたしS定ね」
「あたしもS定」
「おれS定」
「オレもS定」
「全員S定じゃねぇかよ! ランチだけで金がぶっ飛ぶわ、ボケ!」
「S定なんて初めて」
「あたしも」
「高いもんね」
「あんなもん食うやついんの?」
「普通はおらん」
「え? 嘘でしょ? マジで奢る流れ?」
騒がしく過ぎる体育終わりの教室内。仲間達との時間。
他のクラスメイト達は俺達を、正しくは俺を見て疎ましそうな表情をしているのが伺えた。
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