腹が減った。メシを食おう。
@Marks_Lee
しょうが焼き丼
最寄駅から徒歩10分ほどの小さな1DKの一室。外からは鳩だろうか鳴き声が聞こえ、カーテンの隙間からは日差しが眩しく顔を出していた。この部屋の主人、秋山英司は腹を空かしていた。
昨夜は我ながらよく飲んだな、と振り返る。記憶に残っているのはたしか3軒ほどハシゴしたんだったか……それ以上の記憶は思い出せない。ただ、粗相はしていないことは憶えている。
ノドはカラカラに乾き、ツバを呑み込もうとするが一滴も出てこない。ため息を一つ吐き、重い腰を上げ、台所へ向かった。台所は、男の一人暮らしにしては綺麗に片付いていて、我ながらなんとも隙のなさが伺える。そういえば以前うちに上がったやつからは、
「お前は遊びも隙もなさすぎる。こんなんだから女が寄って来ないんだ」 と言われたのを思い出した。
その時は笑ってすませたが、今思えばその発言は芯を捉えていたとも言えるだろう。もうすぐ25になるが、浮いた話など学生時代に少しの期間だけ付き合った同級生くらいしか記憶にない。周りがどんどん誰かと付き合っただの、結婚するだの連絡を寄越すが、飛んでいくのは金ばかりだ。
冷蔵庫扉を開ける。そこには、少し芽が出始めたタマネギが一つと酒を割るようにストックしてある炭酸水。冷凍庫の方を見てみると、安く売られていた豚バラのスライスが一塊あった。
我ながら酷い惨状だ……腹ごなししたら買い物に出かけることにしよう。炭酸水を冷蔵庫から取り出し、一気に流し込んだ。炭酸の刺激がノドを刺激し、そのまま胃に流れていくのを感じる。
「何か作るか」
幸い、今日の分の米は炊いてある。おそらく、昨日酔って帰ってきて、無意識に仕込んでいたのだろう。
ひとまず、冷凍庫にあった豚バラのスライスを保存袋に移して、ぬるま湯に浸らせた。しばらくしたら解凍されるだろう。
英司は冷蔵庫の中を再度、確認する。チューブの生姜が少しだけ残っていた。……生姜焼きを作るならこれくらいで足りるだろう。
冷蔵庫からタマネギを取り出し、まな板の上に置いた。手慣れた手つきで薄切りにし、ごま油を少しだけ引いたフライパンに落として、火をつける。耐熱ガラスで出来た小さめのボウルにしょうゆ、残っていた生姜チューブを全部入れ、若干ムラが出るくらいまで混ぜ合わせた。
豚バラは半解凍ぐらいの状態で取り出し、一口大ほどに切る。タマネギに火が通り、シナットとなったら一度丼に移す。別に皿に移してもいいが、こっちの方が洗い物が少なくなっていい。
フライパンは洗わずにキッチンペーパーで軽く拭きとり、そのまま豚肉を投入。豚肉自身の脂が溶け、肉の表面が焼けてきたら裏返し、もう片面を焼く。
両面がカリッとしてきたら、丼に避難させていたタマネギを合流させる。両方とも火が通っているので、菜箸で軽く混ぜ合わせ、そこに調味液を流し込んだ。
しょうゆと生姜が焦げるような香ばしい香りが嗅覚を刺激する。あぁ、この匂い。空きっ腹には刺激が強い。
その間に、丼に米をほどほどによそう。その上に、フライパンに乗っていたしょうが焼きを全て載せた。本来ならば彩りや栄養を気にして汁ものと小鉢まで用意する英司だったが、いかんせん他に食べれるものがなかった。なので、今日はこれで終わり。
しょうが焼き丼の完成だ。
「いただきます」
箸で一口分頬張る。今回は丼にするため、あえて甘口にしなかったが、これは正解だった。目分量で調整したが、我ながらよく米が進む。
「ふぅ……ごちそうさまでした」
炭酸水しか口にしていなかった胃袋が満たされ、満足感を得ていると多幸感でぼうっとしてしまう。
そういえば、明日はごみ収集日だったっけ。部屋のごみを一まとめにしないといけないな。買い物行く前に片付けないと。
ただ、今は窓の向こうから差しこまれる日差しを一身に浴びて横になる。こんな休日がずっと続けばいいのにと思いながら。
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