第36話 うなじの辺りがちりちりする


 好きな人とプールになんて来たら、そりゃ浮かれもするし。こう、色々アピールしちゃったりもする。当然のことだ。私の中には、私が思っている以上に、羽須美さんのことが好きだって気持ちがあるのかもしれない。これは有力な説ではないか?しからば次は、この説の真偽を確かめねば。


 腹ごなしを済ませて、水分補給もしっかりして。お腹が落ち着くまで(羽須美さんは気も落ち着くまで)少し休んでから、私は再び羽須美さんの手を取った。

 

「──羽須美さん、次は温水プールいこ?」



 

 ◆ ◆ ◆




 温水エリアにもレクリエーション系の流れるプールやら、リゾートホテルとかにありそうなシンプルなプールやらがいくつかあって、一応食後ということで、私たちは後者の方でのんびりすることにした。人も少なめだったし。


「あぁ〜」


「う、おぉ……」


 せっかくなので浮き輪を借りてみたりもして。二人で寝っ転がれるくらい大きなマット型のやつ。仰向けになってぷかぷか漂いながら、投げ出した右手を温い水に浸す。左手は、隣でうつ伏せになってる羽須美さんと繋いだまま。明らかにこっちの方が温度が高かった。


「羽須美さん、そんな端っこでちっさくなってたら落ちちゃわない?」


「だー……い、じょうぶっ……うん、ダイジョブ……っ」


 こういうシチュエーションは一段と効くのか、彼女の視線は先程までよりもさらに忙しない。私のからだのあちらこちらを行ったり来たりしている。とくに胸元。仰向けで強調されてるからかな? やっぱり羽須美さん、胸好きだよね。


「あ、そういえば」


「ど、どうかし──!」


 ラッシュガードのファスナー、ずっと第二形態のままだった。下ろしまーす。


「っ、……っ!!」


 人も少ないからか、今度のごきゅりっ……はよく聞こえた。ファスナーが下りていく、ジーッって音も。第三形態──みぞおち辺りまで下ろして胸に視線を集めるやつ──で一度止め、彼女さんの様子を伺う。口がわなわなしていた。反応は上々。とはいえ、並んで寝っ転がった状態じゃしっかり鑑賞できないかな?

 というわけでー上体を起こします。ゆっくりね。羽須美さんの方を向いて横座りになり、繋いだままの左手を突いて体を支える。二人の手が一緒に、ぎゅっと浮き輪に沈み込んだ。そのまま少しだけ静止。波のない温水プールの上で、視界が揺れてる気がした。うなじの辺りがちりちりしてくる。ちょっとだけぼーっとしちゃう心地良さ。羽須美さんの視線はもう、私に釘付けだ。


「……そしてー、第四形態ー」


 だからそのまま、ファスナーを下ろしきる。みぞおち、わきばら、お腹周りまでぜーんぶ丸見えに。目論見通り、下がっていく指先に追従していた視線がある一点で止まった。おへその形がねぇ、我ながら良いんだよね。おっぱい星人疑惑の強まる羽須美さんの目を奪えるくらいには。まあ造形が良いのはへそに限った話じゃないんだけどねーがはは。


「じゃーん。どうでしょう?」


 ある意味本当の水着お披露目。全開になったラッシュガードの右裾をぱたぱたしてみる。


「めっ、ふぉぁ、ほぉあ……」


 めっちゃ良い、らしい。よかったよかった。肌に直接浴びせられる熱っぽい視線を、どうしようもなく心地良く感じてしまう。私いま、けっこうドキドキしてたりしないかな? ふとそう思って、左手を持ち上げ自分の胸に当ててみた。柔らかく沈み込む手は二つ。心臓はそこまでうるさくない。


「ぁ、わ、やわわわわっ……!っとっおっどわぁぁあっ!?!?」


「おわぁっ」


 その代わり羽須美さんがそれはもう騒がしくなって、私たちは二人仲良くバランスを崩した。派手な水しぶきを上げながら落っこちちゃったけど、まあ全然足はつく深さだし、慌てることもない。握ったままの手で互いを引き寄せあって、それで水面に顔を出したときには、思いっきり正面から抱き合う形に。


「ごめっあっ、ひぃ、ごめめっ……!!」


「どうどう」


 胸と胸とが押し合いへし合い、むぎゅっと形を変えているのが分かる。その向こうで、羽須美さんの心臓がばっくんばっくん跳ねてるのも。お互いの鼓動のテンポの違いが面白い。私のはちょっと速いかなってくらいで、その代わりにうなじのちりちりがより強く、脳みそまで届いてる感じがした。すごく、とっても心地良い。羽須美さんの腰に手を回して、さらに体をくっつける。お腹までぴったりくっつくくらいに。顔が近い。ちりちりが背筋まで伸びて、ゾクゾクする。


「く、黒居さんっ!?!?!?」


「……私、羽須美さんとこーやってくっつくの、けっこう好きかも」


「ぇっ!!??!?!??!」


 うっかりすると、その赤熱した頬に手を伸ばしそうになってしまう。なるほど、やっぱり好きなんだろう。私は、羽須美さんのことが。胸の内ですきと言ってみたら、ちりちりゾクゾクがさらに強まった。これあれだ、この心地良さが、キュンとはまた別の私にとっての“ドキドキ”な気がする。だとすると私は、いつから羽須美さんにドキドキしていたんだろう。一体どんなきっかけで…………って、そこまで考えてやめた。思い浮かばないし。羽須美さんだって、私を好きになるのに大きなきっかけなんてなかったみたいだし。というかその羽須美さんがもう限界みたいだし。りんごみたいに真っ赤な顔が僅かにふらついていて、近づいたり離れたり危なっかしい。


「ごめんごめん、ちょっとやりすぎちゃったね」


 ぱっとからだを離せば、羽須美さんはそのままくたりと脱力して、近くを漂っていたマット型浮き輪に上体を預けた。顔の赤さは推定1.4告白時以上。新記録だ。


「し、刺激が……強すぎましてぇ……」


 しばらくのあいだは、そうやって漂流者の如く浮かぶ羽須美さんを眺めて。やがて、復活すれどもすっかり顔の赤さが引かなくなってしまったものだから、クールダウンも兼ねてまた冷水フロアへ移動した。まあ私の方がもう、浮かれ過ぎだとか気にすることもなくくっつきまくったりしたから、クールダウンになっていたかは怪しいけど。羽須美さんの手を取りっぱなしで、明日は筋肉痛間違いなしってくらいにはしゃぎ倒しているうちに、あっというまに時間が過ぎていった。


 帰る前に更衣室の隅っこでスタンプを押したのは、言うまでもないことだろう。

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