7月
第19話 球技大会
梅雨がぎりぎり6月のうちに明けて、そしたらまあ、気温的にも一気に夏感が出てきた7月。
本格的に暑くなる前に&密かに迫りくる前期末テストの準備期間に入る前に……ってことで、この月の初週のうちに球技大会が行われる。つまり今日だ。
学年別男女別のクラス対抗でいろんな種目をやるってことで、今日はずっとグラウンドも体育館も人でごった返してるっぽい。午前中の今は男子が体育館、女子がグラウンド。程々に天気が良い。
「──しあーい開始ー」
私が振り分けられた球技は“各クラス運動苦手勢の避難所”ことドッジボール。一応はいる審判の先生もどことなくやる気がなかった。緩くて良いと思う。一緒にボールを目で追う6人のチームメイトの中に羽須美さんの姿はない。彼女は運動部ガチ勢を除けばかなり動ける方だし、何より体育のたびに更衣室で私を守っているものだから、すっかりディフェンスに定評のある羽須美さんになっちゃってて。なので当然の如く、午後から体育館でやるバスケの方に回されていた。
「きゃっ」
ぼーっとしてるあいだに早速、すぐ隣にいたチームメイトがやられた。バウンドしたボールをまた別のチームメイトがわたわたとキャッチし、球速のない──もちろん私が投げるよりは速い──反撃。敵さんもなんかばたばたした感じの動きでかろうじて回避。外野へ転がる前にどうにか拾い上げていた。やはり双方とも運動神経がアレな人が集まってるけど、どうもこっちのチームの方がアレ具合は上っぽい。私もいることだし。自慢じゃないけど、運動は本当に何一つまともにこなせないぜ。
「わっ」
「わー」
「ほあぁ」
気迫とかそういうのが皆無な攻防に混ざったりついて行けなかったりしつつ、私はどこかぼんやりと羽須美さんのことを考える。グラウンドのはしの方からこちらを応援している、彼女さん。距離はあるけれど横目で見ればばっちり目があって、ついでに手も振られた。胸の前で小さく振り返す。一応試合中なのでね、一応。
「…………」
このあいだの校内デート以降も、私と羽須美さんの間柄はとくに変わっていない。羽須美さんがおりに触れ面白い反応をするところまで含めて。
階段で助けられてキュンと来ちゃったときには、もしかしてこれからは、羽須美さんの顔見ただけでトゥンクするようになっちゃってたりして〜やだ〜どうしよ〜なんて考えたりもしたものだけど……蓋を開けてみれば、翌朝も私は普通に彼女に髪を梳いてもらいながら微睡んでいた。
となるとあのときめきは期間限定モノだったのか、はたまた落っこちそうになってびっくりしたのをキュンと勘違いしちゃっただけなのか。あるいは単に、ベッタベタなシチュエーションにときめいただけだったのか。しかし何にせよ、至近距離で見た羽須美さんの真剣そのものな表情は鮮明に記憶に焼き付いていて、ふとスタンプを眺めるたびに脳裏にフラッシュバックする。半ば衝動的に二個目のそれを押したことを、今に至るまで私は全く後悔していない。
「わぁ〜」
「いけぇー」
「がんばれー」
うーむ、分からない。
そう、分からないのだ。あのときの自分の反応が一過性のものなのか、それとも本気で羽須美さんにときめいていたのか。ただ、それで何か困るのかと言うとべつにそんなことはなくて、変わらず彼女と一緒にいるのは心地良いし、髪を梳いてもらうのも好きだし、反応は面白いし、かわゆい。だからまぁ、そんなに急いで結論を出す必要もないんじゃないかなと、そんな風に考えている次第──あいたっ。
「黒居、アウトー」
彼女さんのことで頭がいっぱいになっていたせいか、ついに私も肩にボールを受けてしまった。どことなくケツバットとか食らいそうなコールを受けながらそそくさと外野へ移動する。これで我がチームの内野は残り3人。敵方はまだ5人残っていて、けっこう厳しい状況だ。だれも悔しがってないけど。
「黒居さん、ぼーっとしてたでしょー」
外野にいたチームメイトたちが小さく笑いながら声をかけてきたので、自身の名誉のために弁解しておく。
「いやーごめんねぇ、自分の影に見惚れてた」
「そっちかー。さすが黒居さん」
「でも気をつけないと。怪我でもしたら羽須美さんが心配するよ?」
「だねぇ」
頷きつつ今一度視線を向ければ、話題の人はやっぱりこちらへ手を振っていた。ふりふり。あそこにいるかわゆいギャル、私の彼女さんなんですよ。
主に更衣室での奇行のお陰か、羽須美さんはうちと隣のクラスの女子のあいだではすっかり、ディフェンスに定評があるのと同時に“黒居 仁香に対してものすごく過保護な人”って印象も付いてしまっている。本人的にもそれで良いらしい。私に変な虫がつかないように守るんだって。優しいと言えばそうだし、独占欲からくるものだってのも読み取れる。どっちにしろ悪い気はしないからヨシ。
「あだっ」
お、目の前で敵さんがひとりやられた。これで3対4。いけいけー。
外野というかもはやただの応援係と化しつつも、試合はゆるーく進んでいって。5分後には無事、我がチームの一回戦敗退が決定した。みんな疲れずにすんだって喜んでた。
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