第4話 デーーーーーーーート
「く、黒居さん」
「なんですかな羽須美さん」
「えと、あの……で、でぇ、でー……デーーーーーーーー……」
でーーーーーーーー?
「ェーーーーーーーー……」
ぇーーーーーーーー??
「ェーーーーーーーッ……ト、しませんかっ?週末っ」
なるほどなるほど。
あいだがものすごーく長かった気がするけど、つまりデートがしたいと。
羽須美さんとお付き合いすることになってから数日。一緒にお昼を(上山さんと下谷さんも込みで)食べるのもいつもの流れになってきて、だけども今日は朝から妙にそわそわしてると思ったら、どうもこういうことだったらしい。放課後、これまた途中までご一緒するようになった帰り道の途中で、羽須美さんは例によって顔を赤くしながらお誘いをかけてきた。口調も敬語になっちゃってるし、頬の紅潮も……そうだなぁ……告白時を1としたら、0.8くらいはありそうだ。
「ふむふむ」
確かに、恋人同士といえばやたらめったらデートとかしてるようなイメージはある。
毎日ランチを囲んだり、こうして一緒に帰ったり、夜にはLINEでちょろっと話したり。そういう細々したところから一歩進んで、THE・恋人みたいなことをしたいと、羽須美さんがそう考えるのもさもありなんと言ったところか。
「ど、どう……かな……?」
おっかなびっくり、こちらを覗き込むような視線。この不安と期待の入り混じりっぷりはやっぱり、告白してきた時を思い起こさせる。たぶん、時間も同じような頃合いだった気がする。あの時のことはわりと鮮明に記憶に残っていて、歩きがてらにそれと重なるような雰囲気を出されると、少し心が浮足立つ。
お付き合いが始まってからこっち、羽須美さんのちょっとした仕草や奇行は見ていて中々楽しいもので、私としてもそんな彼女さんとデートするというのも悪くないんじゃなかろうかと思うわけですが。休日の羽須美さんとか見てみたいし。
──っていう結論に達するまで、数十秒。
図らずも焦らしたような形になりつつ、ようやく私は、そわそわが加速している羽須美さんへと頷いて返した。
「いいね。行きましょー」
「っ!やった、ありがとっ!」
この、パァッ!みたいな表情の晴れ方、けっこう好きなんだよね。ぱっちりおめめが見開かれて、ブラウンの瞳が一層きらめく、その瞬間が。美少女の笑顔は目の保養だからねぇ。毎日鏡見て元気出してる私が言うんだから間違いないよ。
「どこいく?」
「えっと、良ければなんだけど──」
明らかに声のトーンが上がった羽須美さんとの会話は続く。
明後日の土曜日、行き先は最寄りから二駅のところにあるでっかい複合ショッピングモール。初デートだし、まあ無難なところだと思う。映画館もあるし何か一本観るのも良いかもねって、スマホを取り出す羽須美さん。週末の上映スケジュールを映したそれを、私も横から覗き込む。彼女の指でゆっくりとスクロールしていく画面に、色々やってるもんだねぇなんて普段映画観ないの丸分かりな言葉が口から漏れて。
やがて指の動きが止まったもんだから、観たいものでも見つかったのかと視線を上げてみれば、羽須美さんはスマホではなく私の顔をガン見してた。
「っ」
いつもより近い距離で目が合って、その肩がビクって跳ねる。そして凝視から一転、きょろきょろと挙動不審に揺れ動く瞳。例によって顔は真っ赤。
「羽須美さんってさ」
「っ、は、はい」
「すぐ顔赤くなるよね」
「そーっ、かな。どう、だろ……」
話を聞いてるのかいないのか怪しい返答が、距離を保ったまま返ってくる。息がかかるくらい……なんてほどじゃあないけども、シャンプーかリンスかスタイリング剤か、そよ風になびくライトブラウンの髪から、キツくない爽やかな香りが鼻腔にしっかり届く。それくらいの近さ。羽須美さんは口をもごもごさせているばかりで、見てるとなんというかこう、もう少しサービスしてみたくなる。
「ねぇ羽須美さん」
「は、はいっ」
「私さ、ここにほくろあるんだ」
長めの前髪でいつもは隠れがちな、右目の目尻の少し上に。泣きぼくろってやつ?指で髪を避けて見せてみたら、羽須美さんはますます顔を赤くした。暴れまわってた両目は再度、その一点にロックオン。美少女であることは周知の事実な私、セクシー路線でもいけるかもしれない。
「知ってた?」
「し、らなかった……です」
「そっかそっか」
問えばドギマギ、でも嬉しそうな小声が返ってきた。
私も、羽須美さんがテンパるとおもしろ丁寧な口調になるっていうのも、すぐ顔を赤らめるタイプだっていうのも、独占欲が強いタイプだっていうのも知らなかったし。そういうのが少しずつ分かっていくのは、パズルをちょっとずつ組み立てていくような、そんな楽しさがある気がした。パズル全然やったことないけど。
なんてことを考えつつ、そろそろ羽須美さんを正常に戻すべく顔を離す。そしたらあちらさんは、残念なようなホッとしたような複雑な表情を浮かべていて。やっぱり見てて面白いなぁって、もう少しだけ一緒にいられる帰り道で、そんな風に思った。
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