三章 リンゴを煮詰める黄昏時

筋肉とチョコレート

 先月自分の領地を得たラティは、そこに流れ着いた農民からカカオの実を貰った。


 カカオの実というのは、一応そのまま食べることも出来るようだが、ラティはこれでチョコレートを作ってみることにした。


 幸いにも先月、パステイト市関連のちょっとしたトラブルで関わったナーテが生前シェフをしていて、カカオの実からチョコレートを作る方法を知っていた。

 ”もう一度恋人に会いたい”という彼女の願いを叶えたお礼として、レシピと加工の手順書を教えてもらえたので、ラティはそれを元にして、カカオ豆を発酵、熟成、乾燥までなんとか終わらせた。


 そしてラティは今、世界樹の喫茶店にて、カカオの豆をフライパンで炒めている。


「覚悟を決めてからチョコレート作りを始めたけど、思ったよりも手間も時間もかかるんだなぁ」


 数日のつもりが、数週間かかってしまっている。

 とはいっても、カカオの実を貰ってからぶっ続けでチョコレート作りをしていたわけではない。

 一度パステイト市に徒歩で往復して、世界樹と研究所のルートを作ったし、パステイト侯爵ともう一度会って、人魚の研究をやめてもらうように頼んだ。

 それから、自分の領地におもむいて、人魚たちのファームで作っている作物なども教えて貰った。


 どうやら水中のファームでは真珠用のアコヤガイや、牡蠣などの高級な貝類を作っているようで、ラティが人魚達の島を人間やモンスター等から守るのなら、毎年貝類を多少贈ってくれると約束してくれた。


「貝を貰ったらどうしようかな。貝料理かなぁ。海にはあまり縁がなかったから、あんまり調理法を知らないんだよな……」


 貝を貰うようになる前に、誰かからレシピなどを教えてもらうたいところだ。


 なんとなく、パステイト市で食べたオープンサンドや、侯爵家で出して貰った海老などのグリルの味を思い出していると、喫茶店にお客さんがやってきた。


「ヤッホー、ラティ。久しぶりー!」

「フレイヤ!」


 美貌の女神が際どいレースのワンピースを着て、入り口に立っている。

 麦わら帽子をかぶり、艶やかな金髪を三つ編みをしているせいで、なんとなく健全な感じにみえているけれど、よくよくみてみると、レースの隙間がだいぶ危ない。


 ラティはうっかりフレイヤに見惚れてしまいそうになるけれど、彼女が入り口から動こうとしないのが気になり、首を傾げる。


「どうして店内に入って来ないの?」

「んー、なんだかすっごく焦げくさいのよね。あんた、なんか怪しいことしてんじゃないでしょうねー?」

「嫌だなぁ、ただちょっとカカオ豆を炒めているだけだよ」

「カカオ豆って……もしかしてチョコレートの原料になるやつー?」

「そうだよ! よく知ってるね。さすが豊穣の女神!」

「ふふふ」


 フレイヤはニコニコしながら、店内に踏み入り、フライパンを振るラティに近づいてくる。


「そんな良い物作ってるなら、私が試食してあげるわよー!」

「本当? 一応チョコレートを作るためのレシピと手順書はあるから、それなりの味にはなるような気がするんだよ」

「例の死人との取引で手に入れたのかしら?」

「うん。でも、チョコレートって、ドロドロになった生地をかためなきゃいけないみたいだから、今からだと結構時間がかかるかもしれないよ」

「気にしなーい! ダーリンに会いに行ってくるから、帰る頃に食べれたらいいわよ!」

「うう……。男に会ってくるのかぁ、なんだかちょっと悔しいかも……」


 別にここで待っていて欲しかったわけじゃないけれど、フレイヤを他の奴に取られたみたいな気分になってしまい、ちょっと気分が滅入る。

 「また後でねー!」と元気よく、ミズガルズ行きの通路に飛び込む彼女に、ラティは力なく手を振る。


「……このやるせない気持ちを、カカオまめにぶつけてやるー!」


 焙煎が終わったカカオ豆を大きめな石の器の中に入れ、以前武器として使用していた棍棒を振り下ろす。カカオ豆を細かくすればするほど良いらしいから、これでひたすら潰し続ければいいだろう。


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