扱いづらい食材

 その人間の男は、ラティとガルムが島に上陸する前から居た。

 ヨレヨレの服を着て、農作業用と思われる籠を背負っているのだが、さっき人魚達を相手に何やらかを訴えているようだった。

 腹を空かせているのか、ラティが彼の腹の音を指摘するとボロボロと泣きだした。


「オラは海を漂流してこの島さ来ただよ。村を出てから三度夜を超えたが、その間まともに飯を食ってねぇ! 水ももう尽きた。オラは死ぬしかねーだ!! うぉわぁぁああ!!」

「ヒィ……」


 自分の足元にうずくまって泣き出した男に対し、どうやって接するべきなんだろうか? 困惑したラティは彼から三歩ほど離れる。


「頼む、オラに食べ物を分けてくれぇ。このままじゃ、死んじまうぅぅ!」

「い、嫌だよ。だって君に渡したら、私が食べる分がなくなるし……」

「俺はこの島で死ぬことになるぞ!? いいのか!? 俺の死体は鳥に食われ、ぐちゃぐちゃになる。見るもおぞましい光景になるぞ!!」

「脅されても困るよ……」


 あまりこういうタイプの人間と関わりたくないが、確かに彼の言う通りだ。なるべく人間には島で死なれたくない。

 鳥に食い散らかされた死体もやばいし、食われなかったとしても、腐ってしまったなら、ラティが片付けなければならなくなるかもしれない。

 その不快感を想像すると、今持っている食料を手渡した方がまだましだと思ってしまう。


「くそぅ……」


 歯を食いしばりながら、瓶に入った水とパステイト市内で買ったオープンサンドを差し出す。すると、男は殆ど奪うような動きで、ラティの手からサンドを受け取り、乱暴にパッケージを破いてサンドにかぶりつく。

 よほど腹が減っていたのか、そこそこの量のサンドはすぐに男の腹におさまりきってしまった。

 瓶に入った水も、一気飲みされる。


「あーあ……」


 自分が作った料理などを完食してもらうのは気分がいいけれど、自分用に買ったものをガツガツ食べられるのは、何とも言えずに腹が立つ。

 ラティは頬を膨らませながら、男の顔面を凝視する。

 

 その視線に気がついたのか、男はその場で軽く飛び跳ね、彼が背負っていたものをラティの前に掲げた。


「お前のおかげで、もう数日は生きれそうだ。お礼として、これを受け取ってくれ!」

「これは……」


 農作業用のカゴに入っているのは、大きなアーモンドみたいな形の実だ。

 見覚えがあるような、ないような……。答えが出そうで出ないモヤモヤが気持ち悪い。

 この植物は一体なんだっただろうか?


「この実はカカオと呼ばれているものだ。オラにはよく分からないが、ちゃんと料理したなら、ものすげー美味い食い物になるって聞いたことあるだよ!」

「カカオ! 私も聞いたことがあるかも。確か、すごーく細かく砕いて色々加えてから固めると、美味しいスィーツになるんだよね!」

「詳しいことは何も分からねー。旨い飯を貰ったお礼に、これを持ち帰ってくれぇ」

「ありがとう! これはいいお土産になるなぁ」


 ラティは大喜びで、男からカカオの実を受け取る。

 自分のランスのドリルで砕いたなら、いい感じに細かく出来るのではないだろうか?

 加工の具体的なやり方は、ミズガルズの喫茶店の近くにある図書館で調べてみた方がいいかもしれない。

 

 腹が満たされた男は自分の船で帰路につき、ラティも人魚達からこの島の情報をいくつか聞き出してから、島を離れた。

 

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