偽装結婚の代償～他に好きな人がいるのに結婚した私達～

第8話 生活の変化

　リュシアンがアドリアンの子供を産ませる為に私と結婚をしたのだとわかっても、私はそれを受け入れるしかなかった。

　せっかく授かったアドリアンの子供を堕ろしたりはしたくない。

「ゆっくり休んでおいで。食事の時間になったら呼びに来るよ」　

　そう告げるとリュシアンは軽い足取りで部屋を出て行った。

　一人残された私はぼんやりと天井に目を向けてお腹に手をやる。

　…ここにアドリアンの赤ちゃんが…

　大勢の人を騙す事になるのは忍びないが、この子をアドリアンの子供だと公表出来ないのはわかりきった話だ。

　アドリアンと結婚は出来なかったけれど、アンジェリック様より先にアドリアンの子供を身籠る事が出来たという優越感に浸っていた。

　このまま横になっているのも退屈だと思い始めた頃に扉が開いてリュシアンが顔を出した。

「ヴァネッサ。食事の支度が出来たけど食べられそうかい」

　そう言われてお腹がすいているのを実感した私が体を起こそうとすると、リュシアンが手助けをしてくれた。

　リュシアンに付き添われて食堂に顔を出すと、そこには義父である宰相が着席していた。

「まあ、お義父様。どうなされたんですか？」

　まだ昼食時で、帰宅する時間ではないはずだ。

　まさか義父まで呼び戻したのだろうか。

「ジョゼットから連絡をもらってね。昼食が終わり次第王宮に戻るよ。それよりも子供が出来たって？　おめでとう」

「しばらくは安静にしてもらおうと思っているから、簡単にお祝いしようと思ったのよ。お酒は出せないけど乾杯しましょう」

　昼間だからお酒も出せないし、私ももう飲酒が出来ないのでジュースで乾杯するにはちょうど良かったようだ。

　注がれたジュースで乾杯をした後で、食事に取り掛かった。

「ヴァネッサ。無理に全部食べなくてもいいのよ。好きな物を好きなだけ食べなさい」　

　義母に言われて私は最近、嗜好が変わってきた事に思い至った。

　私は食べたい物だけを選んで食べていると、リュシアンがニコニコとした顔で私が食べるのを見ていた。

　義父は食事を終えるとすぐに王宮に戻って行ったが、リュシアンはそのままだった。

「今日は早退させてもらったんだ。僕達はこのままこの本邸に住む事になるからね。部屋を整えさせる指示を出してくるよ」

　私を先程の部屋まで送り届けたリュシアンは別邸から呼び出したポーラと共に部屋を出て行く。

　寝ている事に飽きた私はベッドに起き上がり、持ってきてもらった本に目を通した。

　夕食の頃になってリュシアンがようやく私を迎えにきた。

「それじゃ行こうか。普段の食事は今まで通りだからね。皆で夕食を食べるのは週末だけだよ」

　本邸に引っ越したとは言え、生活自体は今までと変わらなかった。

　昼間は今まで通り、義母の手伝いをして一緒に昼食を取り、夕方には私達の部屋がある棟に戻りリュシアンと夕食を取る。

　本邸と別邸の行き来が無くなっただけでも負担が軽くなったように感じる。

　本邸での生活が始まってしばらくすると、私は悪阻で食事が喉を通らなくなった。

「ヴァネッサ。それしか食べないのか？　もっと栄養をつけないと…」

　リュシアンが私の食事を見て驚いたような声をあげるが、これ以上はとても喉を通りそうにない。

「ごめんなさい。今はあまり欲しくはないの」

　人伝に話は聞いていたけれど、悪阻がこんなに辛いものだとは思わなかった。

　それでもお腹の子は順調に育っているようで、定期的に診察に訪れる先生にも大丈夫だと告げられた。

　安定期に入った頃には悪阻も収まって食欲も出てきた。

　湯浴みを終えて眠る為にベッドに行くとリュシアンが膨らみ始めた私のお腹を優しく撫でる。

「だいぶ大きくなってきたね。産まれてくるのが楽しみだよ。おやすみ」

　リュシアンはそう告げると寝室から出て行く。

　本邸に移ってもリュシアンが私とベッドを共にする事はなかったのだ。

　月日は流れ、臨月を迎えた頃、王国を揺るがす大事件が起きた。