第3話 結婚式の夜

 学院を卒業して半年後、リュシアンが19歳の誕生日を迎えてから、私とリュシアンの結婚式が執り行われた。


 その後に行われた結婚披露パーティーには学院の同級生達も大勢出席してくれた。


 もちろんアドリアンもアンジェリック様をエスコートして参加している。


 アドリアンの腕に自身の腕を絡めて側に立つアンジェリック様を見るのはとても辛い。


 それでもそんな事をおくびにも出さずに、私はにこやかに笑顔を振りまいた。


 リュシアンも私の肩を抱いて仲の良さをアピールしている。


「二人共、結婚おめでとう。まさか、リュシアンに先を越されるとは思わなかったな」


 アドリアンの言葉にリュシアンはにこやかに笑う。


「殿下の場合は国をあげての行事ですから仕方ありません。休暇を終えて仕事復帰したら、直ぐに準備に取り掛かりますよ」


「随分とかしこまった言い方だが、流石にこの場ではくだけた口調は咎められるな。リュシアンが戻ったら、こき使ってやるから覚悟しろ」


 楽しそうに軽口を交わすリュシアンとアドリアンの姿を皆が微笑ましくみつめている。


 リュシアンは学院を卒業後、アドリアンの補佐として側に付き従っている。


 将来の国王と宰相として実績を積んでいるところだ。


 ふと、視線を感じてそちらを見やると義母になるジョゼット様がアドリアンを睨みつけているのが見えた。


 ご自分の甥になるというのに、どうしてそんな視線を向けるのだろう。


 妹であるジャネット樣を憎んでいるから、その息子であるアドリアンも憎いのだろうか?


 でも、アドリアンは国王の息子でもあるのだから、もう少し暖かい目で見れそうなものなのに…。


 そう考えたところで、私は別の考えに至った。


 そもそもジョゼット様は国王の事を好きだったのだろうか?


 ただ国王の妻である王妃という立場が欲しかっただけで、妹のジャネット樣と国王を取り合っていたのだとしたら…。


 もしそうだとしたら、今の宰相の妻という立場は非常に腹立たしいものなのに違いない。


 ジョゼット様は私にとって義理の伯母という方ではあるが、それほど交流が深いわけではない。


 私の母も兄である宰相とはあまり親しくはしていなかったからだ。


 住む屋敷が別々とはいえ、これからこの義母と上手くやっていけるのだろうか。


 これが心から愛する人の母親であれば、それなりに努力をするかもしれないが、私とリュシアンは偽装結婚である。


 一抹の不安を覚え、隣に立つリュシアンに視線を向ければ、彼は相変わらずニコニコとした笑顔だった。


 だが、その笑顔はどこかうわべだけで心から笑っているのではないように思えた。


 やがてパーティーもお開きになり、招待客はそれぞれ帰路に着いた。


 私達も別邸に下がり、それぞれの部屋に向かい湯浴みをする。


 夜着に腕を通し、寝室へと入ったが、リュシアンはまだ来ていなかった。


 仕方なく先にベッドへと入ろうかと思ったが、横にならず座って待っていた。


 やがてリュシアンの部屋へと続く扉が開いてリュシアンが顔を出した。


 私は少し体を固くし、リュシアンがベッドに入るのを待っていた。


 しかし、リュシアンはそれ以上近寄らずにこう告げた。


「済まないが、君とベッドを共にする気はない。サイドテーブルの引き出しに小瓶がある。その中に入っている血をシーツに付けておいてくれ」


 …はい?


 リュシアンの言った言葉がすぐには理解出来なかった。


「リュシアン?」


 彼の名前を呼ぶと、困ったような顔をした。


「ごめん。僕は君を抱く気はないんだ。だけど、破瓜の印は必要だからね。頼んだよ」


 そう言って彼は寝室を出て行った。


 一人残された私は彼の言葉を反芻する。


『君とベッドを共にする気はない』


『君を抱く気はない』

 

 え、何?


 つまり白い結婚って事?


 確かに偽装結婚と解ってて同意したのは私だ。


 それでも初夜だけは、普通に過ごすと思っていたのに…。


 リュシアンの言葉にかなりのショックを受けた。


 私は何処かでリュシアンに抱かれる事を期待していたのだろうか。


 もしかしたらリュシアンが戻って来るかも、と淡い期待を抱いたが、再び扉が開く事はなかった。


 私は諦めてベッドに横になったが、なかなか寝つけない。


 翌朝、遅く目覚めた私を使用人達は、初夜の疲れと受け取ったのだろう。微笑ましいものを見るような目で見られた。


 もちろん、シーツに血を付ける事は忘れなかった。


 私が白い結婚をしたなどと、誰にも知られたくなかったからだ。


 こうなってみて初めて私も結構プライドが高い事を知った。


 …お義母様の事を笑えないわね。


 リュシアンとはベッドを共にしないまま、月日は過ぎていった。

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