第120話 親友との邂逅

「ここで降りよう」


ガレンが言った。


「俺たちはさすがに期間を開けすぎた。もし、アリシアが俺たちと敵対しているなら、いきなり学校に馬車で乗り入れるのは危険だ」

「そうね、ありがと。こないだの襲撃の時にも思ったけどガレンってこういう時に頼りになるわよね」

「ま、俺も昔からあいつと仲良かったからな」


シルフィード広場で馬車を降り、辺りを警戒する。

シルフィード広場はいつもと変わらず人であふれかえっていた。ごく普通の日常。私が大好きな、セレスティアル・ラブ・クロニクルのイメージ通りの、活気と笑顔にあふれた広場だ。


「……突然襲撃とかはなさそうね」

「あぁ、大丈夫そうだ。さ、行こうぜ」

「そうね」


シルフィード広場を抜けるとすぐに校舎が見える。校舎前にある噴水は、特に変わりなくいつもと変わらずに水を噴き出していた。


「「学校……なんだか静かですね?」


ナタリーが不安げに言う。さっきまでのシルフィード広場とは打って変わって、学校周辺には人影が見当たらないのがなおさら不安感をあおっているのだろう。


「卒業式の準備……とか?」

「そうかもしれないわね。今はみんなそっちで忙しいのかも」


学校内を進んでも、やはり人っ子一人見当たらない。

ナタリーが不安そうに私の手をぎゅっと握りしめた。


――――その瞬間。


視界の隅に人影が写りこんだ。


「おい、アレ」


ガレンも同じ気配を感じたようで、校舎の屋上を指差した。


「あれって……」

「アリシア……よね?」


遠目に見てもわかるほど大きな魔力を持つその少女は、確かにアリシアだった。

屋上から飛び降り、ふわりと着地した――――まるでセシルのように。


そして、明らかにこちらを一瞥すると、そのままこちらを向き対峙する。


「……アリシア……?いえ、あなたは、青山実紗希……?」

「あはっ」


私の呟きに、その少女はにこやかな笑みを浮かべ嬉しそうに笑う。


「うん、そうだよ?ようやく気付いたの?柚季」


クスクスと笑いながら言った。まるで別人だ。容姿や声は間違いなくアリシアのそれなのに、耳にかかった髪をかき上げるしぐさや振る舞いから別人だと、そして私がよく知っている人物とも一致する。


「改めて、久しぶりだな。まぁ毎日会ってはいたから久しぶりってのも変な話だけどさ」

「本当に実紗希なの?」

「あぁ、そうだよ。あの時の電車ぶりだな」


照れたように手を上げるその姿も私がよく知ってる実紗希だ。駆け寄って、抱き着きたい衝動に駆られる。

でも……


「あはっ」とまた笑って答える。その笑顔はどこか不気味で、そして何か得体のしれない恐怖を感じるものだった。


「さすがにいきなり俺に抱き着いてきたりはしないんだな」

「……ねぇ、イグニスを――――」

「あぁ、俺がイグニスを消した」

「……え?」

「だから俺が消したんだって。イグニスを、そしてヴォルトハイムを消したのも俺だ」

「……なんで……?」

「ん?いや、だってそうしたかったから」


まるでそれが当たり前かのように答える。その笑顔は変わらずにこやかで、でもどこか恐怖を感じさせるものだった。


「柚季はこの世界に来て何も思わなかったのか?」

「え……?」

「あぁ、そうか。お前は『レヴィアナ』だもんな。こんな気持ちにはならないか」

「ちょっと、何言ってるの?実紗希もセレスティアル・ラブ・クロニクルのこと好きだったでしょ!だから一緒に買いに行ったんじゃない!」

「そうだね。それで一緒に死んだんだよな。元の世界の俺と柚季」

「そうよ、だから一緒にセレスティアル・ラブ・クロニクルの世界に来たんじゃないの!?」


その問いに対し、実紗希の笑顔が消え、私を射貫くような眼差しで見つめてきた。


「……来ない方がよかったんだ。こんな世界」


アリシアはもちろん、実紗希も見せたことがなかった、深い闇がこもった声。


「こんな世界……って」

「この世界もそう。そして、お前も」

「何言ってるの?ねぇ、実紗希」


私の問いに、彼女はまた笑う。そして、その笑顔のまま言った。


「俺は、柚季、お前の事も大嫌いだ」


笑ってる。でもその目は私を冷たく睨んでいる。


「だからお前が大切にしているものはすべて壊してやろうと思った。お前の家を襲わせたのも俺だ」

「は?」


実紗希の言っている意味がわからない。だって、あの襲撃をしたのが実紗希って……え?どういうこと!?


「お前が泣き叫ぶ姿が見たかったんだ。だからセレスティアル・アカデミーの奴を操って襲わせたのに対処された。セレスティアル・アカデミーを追放しようとしたのにそれも対処されたよな」

「え?ちょ、ちょっと待って。何それ?」


実紗希が何を言っているのか理解できない。いや、理解したくない。私の大好きなアリシアと私の大好きな実紗希が私の知らない言葉を吐き出し続ける。


「お前、イグニスの事好きだったよな。そして、あいつは俺の事を欠片も選ぼうともしなかった。だから殺した」

「な……!?」

「だから言ったろ?お前の事が大嫌いだからだ。柚季の大切なものが憎くて仕方ないんだ。お前が大切にしているものはすべて壊してやるって決めてるんだよ、それしか俺にはやることがないんだ」


そして、彼女はまた笑う。その笑顔には自虐的な色があり、見ているこちらが痛々しいほどだった。

実紗希、いやアリシアが手を上げた途端、空中に見たことのない杖が現れた。


「お前もこのセレスティアル・アカデミーの地下にマルドゥク・リヴェラムが封印されているのは知ってるよな?」


実紗希が私に杖を向ける。背後でガレンとナタリーが臨戦態勢をとったのを感じる。

実紗希がそのまま言葉を続ける。


「あのナディアが作った封印は破れなかった。だから暴走させることにした」


杖が紫色の光を放ち、魔力が収束していく。


「このラディアント・エテルナは、使い手の魔力を補完するものだ。このまま私の魔力を封印に注ぎ続けると」

「暴走……!レヴィアナ!止めないと!」


ガレンが一歩前に進んだ瞬間、アリシアと私たちの間に暴風が吹き荒れた。


「セシル……それに、マリウス……」


もう見間違うこともない。2人の胸元には【陽光の薔薇】が光っていた。


「実紗希!もうやめて!一緒にこの世界を楽しもうよ!卒業式の日、みんなで一緒に笑いあえるようにさ!」

「柚季……お前と俺は相容れないんだよ。俺がアリシアである以上、な」


もう一度杖が光った。一気に学園の地下の魔力が存在感を増していく。

おそらく今までは封印が適切にされていたから魔力探知でも気づくことができなかったんだろう。それができるようになったということは――――。


「復活したこいつにいきなり殺されるのはごめんだからな。俺が死ぬのは世界が終わるのを見届けてからがいい」


セシル!と声をかけ、セシルのシルフィードダンスによって3人とも目の前から姿を消した。


魔力反応はモンスターの森に向かっているようだった。

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