第110話 世界の真実_3
「ふーっ……」
ナタリーが大きなため息を吐く。
「なんだかいろいろびっくりしました」
「……私も。こんなにすぐに受け入れてもらえると思ってなかった」
「ガレンさんたちのように昔から知られている方と違って、さっきも言った通り私にとっては学校で出会ったいまのあなたがレヴィアナさんですからね」
ナタリーのまっすぐな目が私をとらえる。
「怒ってるとすれば、そうですねー……。特に思い当たりません。それにレヴィアナさんがミーナさんのことを覚えていられたのは私たちと違ったからなんですね」
「……そうね。……中身が変わって、みんなとは『少しだけ』違うからだと思う」
「私の記憶力が弱すぎるとかじゃなくてよかったです。それに今日、ここに誘ってもらえてよかったです」
ナタリーはマリウスが書かれたページを開いて嬉しそうにはにかんで笑った。
「マリウスさんって実は甘いお菓子好きなんですね」
そう言ってナタリーはマリウスのキャラクター設定表の好きな食べ物欄を私に見せてくる。
「なるほどなるほど。恋愛の演劇よりも政治を取り扱った演目のほうが好きなんですね。お堅い演劇を見て、甘いお菓子屋さん巡りでも誘ってみようと思います」
「……って……なんつーかすげーな……。その【本】そんな使い方すんのかよ……」
「もう私は決めたんです。アリシアさんのために作られた世界なら、なおさらアリシアさんに勝つためなら何でも使えるものは使わないと」
ナタリーが開いたページにはアリシアとマリウスが一緒に楽しそうにわらっているスチルが描かれていた。
「何でもって……」
「何でもです。私にはやりたいことができました。レヴィアナさんと、マリウスさんと、皆さんと卒業式を迎えるんです。それでそのあとマリウスさんと一緒に師匠に会いに行って、それで、えっと、それから、一緒に暮らすんです」
ナタリーがほほを赤らめながら幸せそうに微笑む。
「初めてできた私のやりたいことなんです。もし、叶わなくても後から後悔しないように私にできることは全部やるんです!」
ナタリーには珍しく鼻息荒く意気込んでいる。ガレンも、そして私も多少は気落ちするのではないかと思っていただけにこのナタリーのリアクションは想定外だった。
「頼むから俺のページは見ないでくれよ……」
「善処しますね!」
ガレンが恥ずかしそうにナタリーに懇願している。ガレンのページには暗いところが嫌いとか書いてあるんだろう。私も知ってるけど黙っておこう。
ガレンは話題を変えるためかわざとらしく咳ばらいをして私のほうを向いた。
「そういえば『レヴィアナ』に気づいたやつっていたのか?」
「いたわよ。イグニスと、お父様」
「……なるほど、さすがだなぁ……」
「でも、私としてちゃんと会話したのはガレンとナタリーが初めてよ。イグニスは死ぬ直前だったし、お父様に至っては手紙の中だったから」
「……そっか」
ガレンが何とも言えない表情で天井を見上げる。
「あ!でもでも!私は今のレヴィアナさんのほうが好きですよ!この本の『レヴィアナ』さん、なんだかとっても怖くって」
「そりゃあのやつれてた時のレヴィアナがそのままいたらそうなるよな」
「そんなにすごかったんですか?」
「あぁすごかった。なんか触れるものみんな切れちまいそうなくらいピリピリしてた」
「ほんとですか?そんなレヴィアナさんも少しくらいは見てみたかった気がしますけど」
「いやいや、ナタリーが見たら泣いちゃうって」
ガレンとナタリーの会話が弾む。
「――――ちょっと待って……?」
「はい?」「なんだ?」
二人が私のほうを見て首をかしげる。
「いま……ナタリーが、私のこと……なんて……?」
「へ?」
「【解体新書】に書いてある『レヴィアナ』が……」
「はい、この本の『レヴィアナ』さん、ずっと怖い顔しててアリシアさんをいじめることばかり書いてあるんです」
時間が一瞬止まった気がした。
(……ちょっとまって?これっておかしくない……?)
そうだ。もっと不思議に思ってもよかったことだ。
おかしいと言えば初めて入学式であった時からおかしかったんだ。
(――――なんで『悪役令嬢』の私と、こんなにみんなが仲がいいの……?)
ゲームの中ではあれほど嫌な奴で、イグニスたちと会話するスチルなんて一枚もない。
思い浮かぶシーンと言えばアリシアを見下して高笑いしているすがたばかりだ。
――――でも。
ゲームをプレイしているときは気にも留めなかったけど、『レヴィアナ』達は仲がいい。
こうしてたくさん置いてある肖像画が証拠だ。
家族間での交流も、貴族の社交場で会話する場面もあったはずだ。
夏休みにイグニスを招待したときも、襲撃事件の時イグニスとガレンがうちに来た時もお父様は私たちの仲がいいことを欠片も不思議に思っていなかった。
それどころかお父様と2人もとても仲が良かった。
――――そんな『レヴィアナ』がセレスティアル・アカデミーに行った途端、一度もあの4人と話さないなんてことあるだろうか?
――――まして、【貴族と平民の平等】なんて下らないと唾棄するイグニスが、まさに貴族である『レヴィアナ』が平民のアリシアをいじめている現場を目撃して何も指摘してこない……?
「……ねぇ、私、『レヴィアナ』って小さいころからガレンたちと仲が良かったのよね?」
「んー、まぁそうだな。しょっちゅう一緒だったし、パーティで会うたび一緒に行動してたな」
「もしかして、『レヴィアナ』って性格的に嫌な女だったりした?実は近づきたくなかったりとか、お父様がいるから仲良くしてたとか」
「はぁ?何の冗談だよ」
「いいから!答えて!」
「……いや、まぁ、今更こんな事いうのも、ま、いいか」
ガレンが少しだけ言葉を探し、それから話始めた。
「魔法もすごくて、いつも明るくて、遊ぶときは俺たちの中心だった。イグニスとマリウスが喧嘩してても『レヴィアナ』が『仲良くしなさい』って言えば丸く収まってたし、あのセシルも『レヴィアナ』の言うことは聞いてたしな」
「今のレヴィアナさんみたいですね」
「言われてみたらそうかもな。魔法もすごいし、運動もできるし、『花壇作った』って言うから見に行ったら花壇どころか庭園ができてたりな。あいつの周りにはいつも驚きと笑いが絶えなかった、いいやつだったよ」
懐かしそうな、楽しそうな、そして少しだけ悲しそうな顔をしてガレンは話す。
なるほど。ゲームをプレイしていた私は『いつも明るいレヴィアナ』なんて知らない。
「ってかもっとまともにリアクションしろよ。本人に話してる気がしてなんか恥ずかしいじゃねーか」
「あはは、ごめんね。でもおかげで確信できたわ」
「確信ですか?」
ナタリーが首を傾げる。私は大きく一度頷く。
「ねぇ、ガレン。『レヴィアナ』って賢かったのよね?」
「あぁ、間違いなく。俺なんかよりもずっと、マリウスやイグニスよりも間違いなく天才だった」
「そう、そうよね」
天才の『レヴィアナ』は【解体新書】のことを知っていて、全部読んでいる。
その天才の『レヴィアナ』がこの世界の真実を知って、何もしないということがあるだろうか?
――――たぶん、私はもっとちゃんと『レヴィアナ』を知らないといけない。
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