第83話 日常の裂け目
結局夕食の時間になってもナタリーは姿を見せなかった。
別に一緒に食べる約束をしていたわけでもないけれど、最近はいつもこの時間になんとなく集まってみんなで食べていたこともあり、ナタリーがいないのは少し物足りなく感じた。
(セオドア先生の予定が長引いてるのかな?)
あの後ナタリーに似合いそうなリボンを見つけたので渡そうと思っていたんだけど、どうやら今夜は空振りに終わってしまいそうだった。
(ま、明日渡せばいっか)
食後の紅茶を飲みながら、のんびりそんなことを考えていた。
「お、ここに居たのか」
「あらマリウス。こんばんわですわ」
「んー、ナタリーは一緒じゃないのか?」
さっきからきょろきょろとナタリーを探していた様子のマリウスが、私の向かいの席に座りながら尋ねる。
「そうなんですわよ。私も渡したいものがあったのでご一緒できればと思っていたのですが。どうかしたんですの?」
「いや、大したことじゃないんだ。これから訓練場に向かおうと思っていたからここに居るなら一緒に行こうと思って探してたんだが」
「なるほどなるほど」
「お、その顔はなんだよ」
「いえいえ、なんでもないですわ」
あの朴訥なマリウスが自分から他人を探すなんて、ゲームでもほとんど描かれていないレアなシーンだ。
「なんだ、そのにやけ面は。大体今日の昼間の広場からだな」
「あー、はいはい、申し訳ございませんでしたわ」
それに何に対してもクールで完全無欠であろうとしていたマリウスの口から「できない」と「できるようになったかもしれない」なんて言葉が出てきたのも新鮮だった。
「セオドア先生のお手伝いから直接行ったのかもしれませんわね」
「あぁ、それはあるかもしれないな。じゃ、俺も行ってみる」
「ちょっと待ってくださいまし」
立ち上がりかけたマリウスに対して、リボンの入った包み紙を差し出す。
「これ、ナタリーにプレゼントしてくださいまし」
「雑貨屋で選んだやつか?」
「そうですわ。マリウスから渡してあげてくださいな」
「うーむ……でもレヴィアナから渡したほうがナタリーもうれしいんじゃないのか?」
「いいからいいから」
マリウスは少し納得がいってないようだったけれど渋々と受け取ってくれた。
「それにマリウス先生のところから直接訓練場に向かったのであれば軽食でも持って行ってあげてはいかがでしょうか?」
「それはいいな。ありがとう」
そういうとマリウスはサンドイッチをいくつかバスケットに詰めると食堂を後にしていった。
魔法の訓練とマリウスは言っていたが、もしかしたらこないだ身を挺してまもってくれたナタリーに対してのお礼かもしれない。
最近あの二人の雰囲気もなんだか柔らかいし、いい方向に向かってくれるといいな。
「はぁ……なんかいいなぁ……」
ついついため息をついて椅子にもたれかかる。ミーナがいなくなってからずっとバタバタしていた。
せっかく大好きな恋愛ゲームの中に来ているのだし、私にも何か浮ついたイベントでもあってほしい。
(魔法訓練場に行ってからかってやろうかしら……ん?)
「あ、精密魔法訓練13位のノーランさんじゃありませんの」
「んだよ、マリウスに負けて1位になれなかったレヴィアナさん」
軽口には軽口で対応しながら向かいの席に座るノーラン。
丁度いいところにからかい相手がやってきてくれた。今日の夜はこいつで時間をつぶすとしよう。
***
そこから色々と話ははずみ、結局私たちは食堂の閉館時間までだらだらと話し続けていた。
ノーランと別れ、一人外のベンチに腰かけていた。
もう年末の舞踏会も近くなっており、だいぶ夜の風も冷たくなってきている。私はローブの前を閉めて少し体を丸めた。
それにしても本当にここまであっという間だった。
ゲームのシナリオ通りなら舞踏会でヒロインが選んだ攻略対象と踊って、そのままいくつかイベントが終われば卒業式だ。
もう半分どころか2/3は過ぎてしまっている。
ただ、一つ気になるのは、このゲームのエンディングの先に何があるのかということだ。
私はこの世界の住人ではないことはわかっている。
元の世界……現実世界の記憶はあまり覚えていないけど、この世界がゲームの世界という事は知っている。
私と同じ右腕の傷を持つノーランも私と同じように現実世界の住人という事もわかっている。
でも、わかっているのはその程度だ。アリシアが誰かとハッピーエンドを迎えたら元の世界に戻れるのだろうか。
それともこのままこの世界で生きていくのだろうか。
「ん―――――……っ!」
ま、考えてもわからないことをいつまでも考えていても仕方ないと思い、大きく伸びをした。
それにまだ乗り越えないといけないイベントもある。
裏ボスであるテンペストゥス・ノクテムを乗り越えた今、これ以上の大きな障害に直面することはないかもしれないが、少なくとも表ボスのゼニス・アーケイン戦も残っている。
みんなで卒業式を迎えるためには一つも取りこぼすことは出来ない。油断は禁物だ。
それに乗り越えたといってもテンペストゥス・ノクテムはナディア先生の犠牲を発生させてしまった。
本当に幸運な事にみんなの記憶からナディア先生は消えなかったが、次もこんな偶然が起きるとは限らない。
「……よし」
私自身ももう少し、いや、あの時のナディア先生みたいにはなれないとしても、もっと強くならないといけない。
そろそろ魔法訓練場に行ってもナタリーとマリウスの邪魔をすることもないだろう。それに2人でまだいたらそれはそれでからかいがいもある。
私はベンチから立ち上がると魔法訓練所へ向かって歩き出した。
「レヴィアナ!」
「……っと、あら?マリウスではありませんの」
噴水のある広場でマリウスに声をかけられた。
なんだか焦っているようにも見える。
「はぁ……はぁ……レヴィアナ……!ちょうどよかった。ナタリーの部屋に行こうとしていたんだ」
かなり急いできたのかマリウスは肩で息をしている。
「そんなに慌ててどうしたのかしら?お二人は訓練していたのではなかったのかしら?」
そのマリウスの真剣な雰囲気からからかおうなどと思っていた気持ちは消し飛んでしまった。
「ナタリーが……何か変なんだ……」
その言葉に眉を顰め、マリウスの次の言葉を待つ。マリウスも言葉を探しているようで、少し沈黙が流れた。
「さっきまで2人で訓練場でいつものように氷魔法を教えてもらっていた。俺も少しではあるがようやくアイシクルランスが少しできるようになってな」
「すごいではないですの!これで世界で3人目の氷魔法使いですわね!」
「いや、ナタリーの教え方がうまかったからだ」
「不思議な謙遜の仕方ですわね。でも何が変なんですの?」
きっと2人で喜んでハイタッチでもしたのかもしれない。もしかしたら抱き着いて喜んだかのかも?まぁ、マリウスとナタリーでそれはないか。
「次のステップとしてナタリーがよく精神集中と言いながら作っている氷の造花があるだろう?あれを習おうとしたんだが……」
まだマリウスも状況がうまくつかめていないのか珍しく歯切れが悪い。
「いつも呼吸をするように作っている氷の造花が今日はうまくできないみたいで、そうしたら「ごめんなさい」と言い残し突然訓練場を出て行ってしまってな」
「魔力切れとかではなくてですの?」
「ナタリーの部屋まで追いかけて確認したんだが『突然飛び出してしまって申し訳ありません。今日のセオドア先生のお手伝いで疲れてしまったみたいです。今日は早く休むので続きはまた明日お願いします』と言われた」
「疲れていれば魔力が狂う時もありますわよ。それにしてもナタリーをへとへとにさせるなんて、いったいセオドア先生はどんな無茶難題を出したのかしら?」
「そうなんだが、少しナタリーの雰囲気がおかしかったような気がしたからセオドア先生を探した」
マリウスの表情は真剣そのもので、少しずつそのマリウスの危機感のようなものがわかってきた。
「セオドア先生は……ナタリーに頼み事はしていなかったとのことだ」
「おかしいですわね……。一体どういう事ですの?」
なんでナタリーはそんな嘘をついたんだろう。体調が悪くて遊びを切り上げるため?いや、それならそんな嘘を言うとは思えない。
「ほかには……ほかには何かありませんでしたか?」
「そうだな……俺が持っていったサンドイッチにも『今はお腹いっぱいなので後でいただきますね』と持って帰ってしまった」
「うーん?どうしたのかしら?」
2人で腕を組んで考えてみるけど当然答えは出ない。
「ナタリーの部屋に行ってみましょう」
「でもナタリーは休むって」
「そんなこと言って、マリウスも気になっているのではなくて?」
「いや、そんなことは……」
マリウスはそう否定しているけど、明らかにそわそわしてるし、ナタリーの事が気になっているのは丸わかりだった。
「ま、行ったらわかりますわよ」
案ずるより産むが易し。ここで悩んでいても仕方ない。
私はマリウスに声をかけると、ナタリーの部屋がある建物へと歩き出した。
「ナタリー?起きてますの?」
ナタリーの部屋の前につきドアをノックするが返事がない。
「やっぱり眠っているのだろう。ほら、変に起こす前に帰ろう」
「いや……ちょっと待ってくださいまし?」
嫌な予感とでもいうのだろうか。何となくだけど扉の先から人の気配は感じられなかった。
「ナタリー!開けてくださいまし」
再びノックをしてもやはり返事はない。
「おい、何するつもりだ?」
「開けますわ」
「何してるんだ!!」
マリウスはそう制止するが魔法で無理やりドアのノブの部分を焼き切り、無理やり中に押し入る。
部屋の中は暗く、明かりがついていなかった。
机の上には先ほど食堂からマリウスが持って行ったであろうサンドイッチがそのままの状態で置いてあった。
「っ!……ナタリーっ!?どこにいますの!?」
名前を呼んでみるが返事はない。
「おい!レヴィアナ!これ見てくれ!」
焦った様子のマリウスが指さす先を見ると机の上に一通の手紙が置かれていた。
「なによ……これ……」
そこには『生まれてきてごめんなさい』とだけ書かれていた。この丸まった字は間違いなくナタリーの文字だ。
「どこへ行ったんだ……?」
「ちょっと待ってて……今広域サーチをするから……!!」
こうなってはプライバシーなどと悠長なことも言っていられない。お父様直伝の広域サーチを全力で展開し、ナタリーの気配を探す。
「……いた……。こっち、たぶんこれ……ナタリー……。この方角は……モンスターの森?」
「くっ、なんでそんなところに!休んでいたんじゃなかったのか!?」
「急ぎましょう!!」
私とマリウスは寮を出ると、全速力でモンスターの森に向かって走っていく。
(どうして……?もしかしてテンペストゥス・ノクテムに操られた後遺症?テンペストゥス・ノクテムは生きていた?)
様々な憶測が頭の中を駆け巡るが、今はまずナタリーを一刻も早く見つけるのが先決だ。
星明かりすら入らない真っ暗な森の中、かすかに感じる魔力を頼りに奥へ奥へと進んでいく。
ナタリーだと思われる人物に近づくにつれ、モンスターの森は戦闘があった跡地のように地面は抉れ、木々も切り倒されている。
この辺りではテンペストゥス・ノクテムとの戦闘は行われていなかったはずだが、一体ここで何が……?
足元に気をつけながら歩みを進めていくとやがて開けた場所に出た。
到着するまでに見たどのくぼみよりも大きく地面がえぐれていた。何かがその一点を目指して攻撃をしたみたいだった。
「ナタリー!!!」
その中心に星の光に照らされて一人の少女が佇んでいた。
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